桜鬼 <1> ![]() |
あたしは、泣きながらあの丘へ走っていた。 丘の天辺から空に伸びる、大きな黒古樹の桜を目指して。 あそこで涙が、声が 枯れるまで泣くのだ。 もののけが出るからと、村の人たちは近づかないから。 どんなに泣いても、大丈夫。 丘を昇りきって、殆ど炭と化した黒い幹を抱くと、泣き崩れた。 また今日も継母に叱られ、頬をぶたれた。 悪いことをしたはずは、無いのに。 桜に涙を吸わせていると、上から声がした。 「お前、うるさいぞ」 見上げると、崩れそうな枝の先に男の子が座っている。 誰だろう? 見たことのない姿。 あぶないよと言う前にその子は、すとんと目の前に下りてきた。 鬼・・・。 軽やかな降り方に、思わずそう思ってしまった。 でも、違った。 角も生えてないし、姿も私と同じ人の形。 ただ、違うのは髪の色、灰色? いいえ、白の髪。 雪で染めているみたい。 「ずっと、ここで泣いているそうだな」 男の子はあたしの泣き腫らして真っ赤な目を覗き込んだ。 少しつりあがった瞳。 「ふぅん、そうか。それはひどい」 誰と話をしているの? 琥珀のように薄い茶の瞳がまっすぐに見るのは、あたしの顔。 違う。 見つめているのは、あたしの後ろ。 桜の木に話している。 「あのな、ハナ・・・」 久しく呼ばれたことの無い、名前。 どうして、あたしの名前を知っているの? 誰かに聞いたのかしら? 「ハナ、こいつが悲しくてしょうがないって言っている。お前は笑わなくなった。笑う顔を見たいって」 男の子は、指を差す。 あたしの後ろに向かって。 「・・・こいつって?」 振り向けば、桜が枝を広げているだけ。 「誰のことを言っているの?桜が話すわけ無いじゃない」 男の子は、頭をぼりぼりと掻く。 説明するのが面倒なようだ。 「こいつって言ったら、こいつさ。名前なんて、無い。あるとしたら、お前たちが呼んでいる"さくら"という名だ。 こいつが何故、咲かないか知っているか?」 「だって、もう何年も前に焼かれているんだもの、死んだ木に花は咲かないよ」 男の子は飽きれたように、肩をすくめた。 「言ったはずだ。ハナが笑ったら、こいつは咲く。なのに、お前は涙ばかり。 こいつはお前を心配して、咲けない。お前の泣きっ面では、咲く力が出ない」 「あたしの所為だっていうの?そんなばかげたこと、信じない」 死んでしまった木。 あたしの所為で咲けないなんて、変なことを。 「こいつが悲鳴を上げていたから、見かねて、お前に会いに来た。しかし、こんな人間になってしまったか」 声を落とす、男の子。 頭にくる言葉。 「会ったばかりのあんたに、"こんな"とか言われる筋合いはないわ。あたしが毎日どんな思いをしているか、知らないくせに!」 「わかるさ」 え・・・? 影落とす白髪。 沈む瞳。 「こいつにも、聞いたし。昔のお前知っているから、余計」 「知ってる?」 いつ、会ったって? こんな子、覚えてない。 |
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