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桜鬼

<2>

頭の中に、わらべ歌が聞こえてきた。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。
大きな声で歌う、二人。
手を繋いでいる。
声の主は小さなあたしと、もう一人。
誰・・・?
見上げると、はらはら散る花びらの中に、男の子。
つりあがった瞳に夕日が写る。
紅く染まった頬と髪。
頭から出ている、長く伸びた・・・、角、二つ。

その子は・・・、もののけ。
鬼だった。


親と兄を亡くしたばかりのあたし。
寂しくて、悲しくて。
引き取られた家には居場所がなくて。
この丘に遊びに来た。
鬼に魅入られるって、止められていたけれど。
見上げれば、満開の桜。
血を吸っているような黒い紅。
重くあたしに被さってくる。

風が強く吹いて、花びらがちらちらと降る。
その中で根元に誰か座っているのに、気がついた。
鬼。
白い髪から、突出た角。
褐色の肌につりあがった瞳。
姿形は死んだお兄ちゃんのようだった。
鬼は木にもたれて、あたしを見上げた。
「ここは俺の場所だ。ささっと去れ」

sakura-no-oni
あたしは動かなかった。鬼はあたしを睨みかえす。
その瞳は桜の色を映して、黒い闇をたたえていた。
「怖くないのか、俺は鬼だぞ」
首を振る、かんざしの花が揺れる。
「あそぼ」
手を差し出した。
自然とあたしは笑っていた。
鬼はしばらくためらっていたが、あたしの手を取って笑った。
「何して遊ぶか」

その年の桜は、梅雨に濡れても、夏の暑さに晒されても、咲き続けていた。
散るということを忘れてしまったよう。
いつしか黒い花は淡い色に変わっていた。
雪を溶かしたように、儚げに、鮮やかに桜色。
村人が気味悪がるその桜の下で、あたしはいつも笑っていた。
手を引く鬼。
手を打つあたし。
歌は丘を超え、村へ響いた。

いつも送ってもらう、村までの道。
二人の影が、紅く染まった大地に長く伸びていく。
繋いだ手の先、寂しそうな瞳。
「俺、もうあそこには居られない」
継母が明日、山狩りがあると言っていた。その所為。
「だから、もう来るな。俺は新しい土地に行かなくてはならん。
楽しくて、ここに長く居すぎた。もう行く。ハナはこの土地で元気に暮らせ」
あたしは、鬼の手に縋りつく。
「やだぁ、ハナも一緒に行く。みんな、ハナのこといじめるから、ここはいや!」
あたしは鬼と遊ぶ子、気味悪がられていた。
「ハナ、お前の住む場所はここだ。俺の棲む場所とは違う。ハナはここで大きくなって、恋をし、子を産み育て、朽ちてくんだ」
いやいやと首を振る。
連れて行ってと何度も叫ぶ。
涙が、空気に溶ける。

握る手が急に強くなった。
抱き上げられる。
ぎゅっと肩を抱く手が強くて、痛い。
鬼の肩越しに見る山に解けてゆく夕日、いつもとは違って見えた。
「ハナ、強い子だ、お前は。大丈夫だ、一人でも強く生きろ」
やだ、やだと肩先で泣く。
困らせているの、わかってる。
でも、離れたくなかった。

鬼はあたしを降ろして言った。
「いつか、ハナに会いに来る。だから、今はさよならだ」
鬼の顔を間近に見る。
凛とした、獣の瞳
「あれは妖樹だ、人の気を喰らって咲く桜だ。今まで俺の気を喰わせていたけれど・・・。
これからはお前に任せる。笑え、そしたら、あいつは咲く。花が咲いたら、会いに行く。
ハナがずっと笑顔でいるなら、会いに来る。それまで、あの桜の木と一緒に待っていろ」
涙が頬を伝う。
「きっとよ!」
「約束。それまで元気で。もう泣くな」
「うん」
涙をぬぐって、笑った。せいいっぱいの笑顔。
陽に焼かれた鬼も笑っていた。

次の日、村人総出で山狩りが行われた。
あの丘は火がかけられた。
桜は悲鳴を上げているかのように、赤々と焔を揺らめかしていた。

ずっと待っていた。
次の年も、その次の年も。
桜は咲かない。
黒く爛れてしまった、幹。
零れる涙。
鬼は来ない。
約束を守ることが出来なくなったから。
辛くて、辛くて。
毎日が果てしなく辛くて・・・。
闇の中に身を投げたあたしには、約束という光は届かなくなってしまった。

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