>> back to Story

桜鬼

<3>

思い出した。
今、目の前にいる男の子はその鬼だった。
あの時と変わらない姿、突出た角。
「オウカ・・・、なの?」
頷く、鬼。
「何で、もっと早く来てくれなかったの?」
「桜が咲かなかったから」
「え・・・?」
「約束した、花が咲いたらと」
「だって、もうこの桜は炭になっているのよ」
鬼は、首をゆっくり振る。
「言ったはず、こいつは気を喰らう妖樹だと。お前の笑顔を喰らって、花を咲かせる。
なのに、ハナはこいつを見上げて泣いてばかりいた。そんなハナに会いたくない」
「だって・・・、もう諦めてしまって・・・」
「泣くな」

oni no katasaki
昔みたいに、鬼の肩先で泣いた。
同じ目の高さで歪んだ夕日を見る。
長い月日が経っているのだと感じながら。
「俺は毎年ここを通っている。桜を咲かせながら。だから、ハナがどんな目に合っているか知っていた。
でも、会えなかった。どんなことがあっても、笑っている強いハナになって欲しかった」
「無理よ、あたしは強くない。オウカがいてくれないとだめだよ」
首を振る、鬼。
「お前なら出来る。俺はそう信じている。ハナは強い。昔、一人ぼっちだった俺に手を差し伸べてくれたように」

あの日、鬼に会った日。
あたしは泣いていた。
親に置いていかれて、兄がいなくなって。
悲しかった、寂しかった。
生きていけないと思った。
あの丘に行ったのは、鬼に喰われてもいいと思ったから。
でも、そんな恐ろしいものはいなかった。
替わりにいたのは、寂しそうな姿。
だから、あたしは笑った。
この鬼と一緒に遊ぼう、・・・これからを生きようって。


「オウカ・・・。あたし、生きるよ。辛くても、悲しくてもきっと笑っているよ」
涙はいつしか枯れ、あたしは笑っていた。

「その笑顔が見たかった」
鬼は、ゆっくりと手を掲げる。
墨色の幹が水を吸い上げ、瑞々しさを取り戻してゆく。
つぼみはふくらみ、桜色に染まってゆく。
見る間に開いてゆく、花、はな。
全ての花が開き、忘れていた香りが辺りを包む。
「前後してしまったが、約束は果たした。ハナ、強く生きろ。これからも笑っていろ。
桜を咲かせろ。俺は、いつでもハナを見ている」
舞う花びらに遙かに見える、あの日の夕焼け。
同じ瞳をしている、鬼。
「行くのね、あの日のように」
あぁと頷く、鬼。
背中はまだ見たくない。
「待って、昔みたいに一緒にあそぼ」
鬼の手を取ると、あたしは声を上げた。
昔、一緒に歌ったわらべ歌。
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・。
あたしの声に重なる鬼の声。
歌声は桜色の空に広がってゆく。
鬼の顔に笑みが宿る。
昔と変わりない。


桜舞う、光溢れる。
あたしはこの光景を待っていた、永年。


「じゃあな、ハナ」
「今度こそ、さよなら」
手を振る。
振り返す。
さよなら、桜の鬼。
花びらに掻き消されてゆく、背姿。
残ったのは、満開の桜。
鬼の行く先は北、桜を咲かせるために。

見ていて、空の果てから。
来年も、桜が咲くから。
あたし、笑っているから。


何年かして、あたしに子が出来たら、会いに来て。
その子もあたしに似て、鬼に手を伸べるよ、きっと。
そして、こう言うだろう。
「あそぼ」


―終わり

>> <あとがき>
> <2>
>> back to Story


このサイトで使用しているイラスト・文章等の著作権は「娘子」にあります

無断で転載・複製・加工・再配布等を行うことを禁止します


>> Fortune Scape
Copyright(c) 2001-2006 Musumeko All rights reserved .


>> back to top