:: 白い影 ::
文と絵:娘子

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ぼくはベンジャミンによりかかって・・・。

「あ、そういえばカンジャはどうなったんだろ? 死んじゃったのかな。」
ぼくは薪になりそうな枝を拾いながら、ふと思いついた。
「夢中だったから、どのくらい強くかけたか、わからないや・・・。死んでないといいけど・・・。」
ベンジャミンは考えあぐねながら、濡れた衣服を脱いでいた。
湖は、静かに波が寄せては返しているだけで、カンジャが襲ってくるような気配は全くなかった。
「そっか・・・。ふぅ、疲れたね。これからどうする?といっても、汽車は遙か彼方だろうし、どうなっているか、わからないし。とりあえず、近くの街まで歩くしかないけど。まだ真夜中だしなぁ・・・。へたに動くのも・・・。」
ぼくは、はたと気がついて、急いで辺りを見渡した。
「あー!? ぼくの荷物ー!ないっ、ないよ〜、商売道具がぁ〜。うぅ〜。」
ショックで、手にしていた薪を取り落としてしまった。
さすがに荷物までは、ここにたどり着けなかったようで・・・。
がま口が首にかかっているのがせめてもの救い。
ベンジャミンも杖しか持ってなかった。

「あぅ、これからどうしよう〜。」がま口の中身はかなり心細い。
二人分の生活費を賄うのはちとムリだ。
ベンジャミンは頭を抱えているぼくを見て、あ、そうだと首にかけてあったひもを探り始めた。
シャツの中から出てきたのは、札入れだった。
彼は「あぁ〜、濡れちゃってるよ。」と中を開けた。
そこには、よれよれになってはいるものの、お札がいっぱい!
思わず身を乗り出す。ついでに、手もよだれも出そうになる。
「な、なんで、こんなに?」
「おじいちゃんの遺産だよ。少ないけど。ジロサは次の駅で降りるんだったよね、それまでは、お金出して上げるよ。」
ありがとうと言いつつ、頭の中はお金のことでいっぱいになっていた。
その額は少なくないぞー!半年くらいは遊んで暮らせるって。
彼は財布をかけ直すと、ぼくのきらきら光る守銭奴まるだしの目ににまにましながら、一言。
「あ、狙ってるぅ?挿絵の泥棒みたいな目してるよ、全く〜。」
ぼくは首と手をぶんぶん振って、
「ち、違うよ。狙うなんて、とんでもない!君はまだ子供だから、こんなに大金持っていると危ないんだよ。ぼくなんかより、他の大人の方が危険なの。だからさ・・・、えっと・・・。」
と、あわてて取り繕う。
あぁ〜、狙いたくもなるよ〜、君の隣。一緒に行けたら、どんなにか、いいだろう〜。
だって、あれだけあれば上宿に何泊できるだろー!それにご飯もいいものを・・・。
いやいや、商品を買い直して、売りさばけば、もっと増やせるし〜!
うわぁお、夢みたい〜、ぜひ、おそばにいたいですぅ〜。
よだれが流れそうになって、はっと我に返った。
・・・う〜む、着いていきたいって、素直に言うのもなんだかなぁ、大人のプライドが・・・。
何か良い口実無いかなぁ〜、えっと・・・。

口実を探しながら、ぼくはふと思った。
そういえば、会ってからずっと、本の中のことと現実を比べてばかりだな、この子。
学園から出たこと無いって言ってたけど、きっと、その中で見てきたことしかしらないんだろうな・・・。
世界のことは、窓の外の景色や本で覚えてきたんだ・・・。
窓枠にしがみついて、外の風景を見ているベンジャミンの小さい背中が目に見えるようだった。
・・・敵を追って、一人きりで世界を歩く。
今まで見てきた彼を思うと、危なっかしくてしょうがない。
年齢で見ても、保護者が必要だろうし・・・。
それになんといっても、お金の管理は大人の仕事だし〜、うんうん。
よしっ、ここは商人のしゃべりテクで。
「外には、あまり出たこと無いって言ってたね。ということは、何もかも、初めてのことばかりってことだろ。それじゃ、どこに行っても、不安じゃない?」
早口で問うと、ベンジャミンはのんびりとそうだなぁと納得する。おっし、あと一押しっ!
「だから、あちこち渡り歩いている経験豊かなぼくが、着いていってあげるよ。これで安心でしょ?世界中を一緒に歩いてあげる!これでもね、世界一の商人になるのが夢なんだ。」
自信ありげに、ぽんと胸をたたいて見せた。
ぱちくりと大きな瞳をさらに大きくしたベンジャミン。
瞳はすぐにきらきらした光を帯び、「うん!」という大きい返事が返ってきた。
わ〜い、やった、やった!これでお金の側にいられる〜。
・・・じゃなくて、ベンジャミンの側にいられる・・・だってば・・・。
嬉しさで思わず、ぼくの目も口元もゆるゆるとゆるんでいた。
彼はそんなぼくを横目で見やると、胸のお財布に手を置いて、にこやかに宣言した。
「でも、このお財布はぼくが持ってるよ。ジロサに渡すと大変なことになるような気がするから。」
はい、ごもっともで。ちぇ〜、ぼくのこと、わかってるじゃん・・・。

とりあえず、今日は野営。
ベンジャミンの魔法で薪に火を灯した。灯火はぼくたちを暖かく包んでくれた。
明日からは、銀髪の男の妹を探すことにした。
妹の住んでいる場所は、わかっているそうだ。
濡れた体を焚き火で乾かしながら聞くと、この大陸の最東の小さな山村に住んでいるとのこと。
居所がわかっているほうから攻めた方がいいかもな、うん。
妹なら、兄の行方を知っているかもしれない。
そう考えて、一息つくとベンジャミンによりかかりながら、寝そべった。
そこから見える満月は明るく輝いていた。
・・・やっぱり、野宿になったかぁ〜。
何もなかったら、次の街の安宿のきしみながらも暖かなベッドの上だったろうに・・・。
・・・たった一人で。
でも、今は一人じゃない。
焚き火に当たっている彼の隣で、暖かさを感じていた。
木の枝に干した彼の衣類を、心地よい風がはためかしていく。
眠りにつくまで、星の数ほど話そう。
ぱちぱちと焚き火のはぜる音が、いつまでも満天の夜空に響いていた。


次の日、線路を辿り、マルセ駅まで引き返して、再び東に向かう汽車に乗った。
幸いなことに流されたのは、西。つまり、マルセ駅に近かったんだ、ラッキィ!
さすがに、歩きでは遠かったので、杖に「フライ」かけてもらって、乗ったんだけどね。
次の駅で昨日の事件について、あちこち聞いて回った。
でも、奇妙なことに誰も覚えているどころか、そんなこと無かったと首を振る人ばかりだった。
逆に、ぼくたちのほうが変な目で見られるほど。
覚えていないって、何なんだろう・・・。
忘れてしまったの?忘れられる、あの恐怖?
あの汽車ごと、忘却の魔法にかかったようだった。
ぼくたちの荷物は、駅に忘れ物として届いていた。
戻ってきたリュックを首をひねりながら、しょった。
あの汽車には魔除けの魔法がかかっていたし、カンジャが襲ってくるのもおかしな話だし・・・。
・・・なんだか変なことばかり・・・。
トランクの中身を確かめながら、夢だったのかな?とベンジャミンは、ぽつりと呟いた。
あれは夢なんかじゃ、ない。現実だった・・・。
べたべたとしたものが背中にまとわりつくような気持ちの悪さで、ぼくは寒気がした。
ぼくたちは見えない手に引かれ、用意された暗い舞台へと、無理矢理に上げられ、演技させられたような感しがした。
誰が?何のために・・・?

あ、心配していたカンジャは元気で、今もなお、地域の人間達と仲良くやっているらしい。
良かった、良かった。


聞き込みをしている時に、ある乗客から聞いた話を、ぼくはベンジャミンに言えずにいた。
その人はカン湖に入る前、銀髪の青年が岸辺にたたずんでいたのを見たというのだ。
銀髪・・・。すぐにベンジャミンの話を思い出した。
彼なんだろうか・・・?彼もベンジャミンを追っているのだろうか?
背筋に冷たいものが走るのを覚えながら、ぼくはベンジャミンと一緒に、旅の一歩を踏み出した。


白い影 おわり
('03.04.03)

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