今日は満月。
闇夜は月光に照らされ、淡く黄味帯びたベールを纏っている。
夜にだけ開く、月花のつぼみが光を浴びて、次々と開いて行く。
柔らかな花の香りが辺りを満たしてゆく。
森の奥から夜鳴鳥が鳴く声が聞こえくる。
それは明るく静かな夜だった。
私は何だか寝付けなくて、ベッドを抜け出した。
居間で本を読んでから、寝ようかな。
お気に入りの本を本棚から取り出し、部屋を出る。
暗くひんやりした廊下。
左奥のドアは兄さんの部屋。
いつもならドアの隙間から明かりがもれているはずなのに、今夜は真っ暗。
「兄さん?」返事が無いので開けると、暗闇が迎えてくれた。
ランプはすっかり冷え切っていた。
またあそこで本を読んでいるのね。
居間に向かって、歩き出す。
廊下を進む私の影は長く伸び、差し込む光がゆっくりと私を包んでゆく。
居間は月の光で満ち溢れていた。
やっぱり・・・。
月に照らされた居間に影が一筋、長く落ちている。
居間から伸びるデッキ。木々の隙間に見える屋根や広場を見下ろせる。
お気に入りの椅子に腰を下ろして、ルーレンス兄さんが月明かりの下、本を読んでいる。
いつもと変わらないこの光景。
ここから見るの大好き、兄さんの横顔。
整った輪郭。
光を受けて、輝いている。
私は本を胸に抱えたまま、大好きな兄さんを見つめていた。
ぼんやり今日のことを思い出していた。
今日はリズが来た。
二人であちこち遊び回った。
髪を結いあい、花で飾る。
鬼ごっこ。
マギーに追われて、追いかけて。
花冠。
二人で作って兄さんにあげた。
お墓参り・・・。墓石には花束が二つずつ。
一日中、二人で遊べるだけ遊んで、疲れるまで笑って・・・。
楽しかった。
・・・とっても楽しかったのだけど。
ちり、ちり・・ちりり・・・。
痛い。私の胸、灼けるよう・・・。
「どうした、ルチアナ?」
私に気がついた兄さん。
「うん・・・。何でもない」
ちり、ちりり。
きっと気のせい、この胸の痛みは。
だって、今日はリズが来てくれて楽しかったんだもの。
でも、何故か兄さんの顔が見れなかった。
「・・・おいで、ルチアナ」
私はうつむいたまま兄さんの側へ。
抱えていた本もそのままに、兄さんの膝に頭をもたれた。
兄さんの手がゆっくりと私の髪を撫でる。
「疲れちゃったか、リズと一日中遊んでいたからね。あの子は元気だから」
笑みがこぼれる兄さんの口からリズの名前が出た瞬間、さらに胸が焦げるような気がした。
「大丈夫かな?急に妹が出来たこと」
うんと思い切り頷いた。
嬉しいよ、リズと姉妹になったこと。
だって、私を解放してくれた人だもの・・・。
初めてリズがこの村に来たとき、私は口をきくことが出来なかった。
言葉を失っていたの、あの事が原因で。
眼を閉じるとあの時のことがまざまざと蘇る。
濁流。
母さんの白い手。
父さんの叫び声。
私を見下ろす兄さん。
たまらず、瞼を開けた。
その時から私は水聖を封印した。
あの光景が蘇ってくるたび、唇をかみ締めた。
口にしてしまったら、村の人たち、兄さんさえも私を見捨てる。
大好きな村から追い出される・・・。
真っ黒な不安に追いかけられ、自分を責める日々。
そして、私は言葉を失った・・・。
リズはそんな私の心の中に入ってきてくれた。
モンスターに自分も襲われながらも、私をかばってくれた。
小さなリズの背中に守られながら、自分も出来ることをしなくちゃって思ったの。
リズを守ること。
リズを守るために再び水聖を使うこと。
結局、大人達に助けられたけど、私の水壁は二人の命を守ってくれた。
気を失っていた間、夢を見た。
微笑んでいる父さん、母さん。
あなたを許していると。
胸にひた隠しにしていることを兄さんに話しなさいと。
父さん、母さん・・・、ごめんなさい。
私これから、人のためにこの力を使うね。
「しあわせのふる場所」で私を見守っていてね。
その夜、私は兄さんに両親を失った日のことの全てを話した。
兄さんは辛かったろうにと、私を抱きしめた。
全てを知っても、兄さんは私を許してくれた。
・・・救われたの・・・。
だから、リズは私の大切な人・・・。
でも、このことを知ったら、リズは私を軽蔑するかもしれない。
私はリズを失ってしまうかもしれない。
言えない・・・。
絶対にリズには言えない。
私に向けられる笑顔が無くなるなんて、考えられない。
ずっとずっと、このことは兄さんと私の秘密。
ちりちりと胸が痛む。
卑怯なことをしているからだ・・・。
後で聞いた話だけど、リズの訪問はブラングランジ町の町長、リズのお父さんから直々に申し出があったから。
私たちがウェルハント家の養子になること。
兄さんを町長の後継者、守り人にと切望されて。
町長さんは兄さんが望んでいた、大学にも行かせてくれると約束してくれた。
これはとても嬉しいお話だった。
今までの生活では考えられないことだった。
そして、私たちは申し出を受けた。
かわいいリズという妹とウェルハント家のお義父さんが出来た。
村としても大切な「守り人」を手放す代わりに、町と行き来が出来るようになる。
新鮮な野菜を売りに行くことが出来る。
村にも町の商人がやってくるようになり、今まで見たことない物を見ることになるんでしょう。
いいことばかり・・・なんだけど。
私は何を気にしているのかしら。
何も心配することは無いはず。
兄さんが街へ住むようになって、兄さんの替わりに守り人になる私1人がここに残っても、町長さんは心配することは無い、生活をみてくれると言ってくれた。
それにリズが毎日来るって、ウインクしてくれた。
また胸がちりちりと痛んだけど、気がつかないことにした。
('05.02.26)
|