:: 月明かりの下で ::
文と絵:娘子

<2>
月明かりの下で
兄さんはそうかとゆっくりと言い、私の頬を手で包む。
森を映した瞳が月に照らされて、宝玉のように輝いた。
「ルチアナ。私が町の守り人になったら、お前がここを守るんだよ。お前なら大丈夫。充分に力があるから。村の人たちを頼んだよ」
「うん。兄さんみたいには出来ないけど、がんばるわ。ここが大好きだから」
兄さんの結界は夜になると更に強くなる。
村は澄んだ気で満たされ、村の誰もが安心して、眠りにつく。
もう何年かしたら、私がここの結界を張るようになる。
村の人たちが安らげるように力をつけなくっちゃ。

兄さんは目を細めて、リズの話を始めた。
「リズはかわいい子だね。お前とは正反対の子だけど」
リズはかわいくて、明るくて、元気で。
そして、私の妹で一番の友達。
「側にいて、リズを守っておあげ。あの子には暗い影がつきまとっているようだから」
リズに暗い影?
思案に眉が歪むけれど、兄さんの口からリズの名前が出ると私の胸は痛む。
何でもない。・・・きっと何でもない。
「・・・うん・・・」
言葉と一緒に飲み込むつもりだった。
けれど・・・。

ごとん。
兄さんの膝に乗せていた本が床に落ちる。
胸がその音に反応して、波打つ。
ずきん!
これまで以上に大きく。
痛い・・・!
「珠」が割れるように痛い。
抑えても胸の痛みは止まない。
私はもう我慢できなかった。
そして、それはついに口から出てきた。
自分でもびっくりするほど、いやな言い方だった。
「兄さん、リズの話ばかりしないでっ!私は?私のことは?私のことは言ってくれないの?私だって、兄さんの妹なの!」
あぁ、こんなこと言うつまりなんてないのに・・・。
「ルチアナ・・・。ごめん、悪かった。けれど今は二人の兄さんだからね・・・」
兄さんは優しい声でそれだけ言った。
「そう・・・、そうよね。うん、ごめんなさい。変なこと、言って・・・」
初めて言葉にして、顔が真っ赤になった。
涙が出そうになった。
なんていやな子なんだろう、私。
兄さんの前から、消えてしまいたかった。
・・・こんな子、兄さんの妹じゃない!
それなのに涙を我慢したら、もっといやな言葉が出てきた。
「いや、そんなの。今までどおり兄さんは私だけの兄さんじゃなくっちゃ!」
兄さんは私の名前を呼ぶと抱き上げた。
ほっそりとした両腕。
私の頬に冷えた銀髪が触れる。

私、リズに嫉妬してる。

兄さんの膝に乗せてもらって本を読んでもらい、手を繋いで花畑を歩く・・・。
そこにいたのは、いつも私だったのに。
生まれてからずっと私の隣には、兄さんがいた。
その優しい手は私だけのものだった。
でも今、それは私じゃない子の手に繋がれている。
涙が頬を伝っている。
止められなかった。
汚い心の自分が嫌いで、それでも空を握る自分の手が悲しくて。

兄さんは私の背中をしばらくさすっていてくれたが、私の泣き声が小さくなると口を開いた。
「・・・ルチアナ。リズのことを一番大切に思っているのは誰だと思う?」
私は濡れた顔を上げた。
「・・・一番、大事・・・?」
「私もお前もリズのことを大事に思っているよ。リズの周りの人たち、みんなリズの幸せを願っている。でも一番強く願っているのはリズのお父さんだよ」
「ウェルハントさん?」
「そう。私たち三人が兄妹で等しい存在だとしても、一番に想っているのはリズのことだよ」
リズは「お父様は全然優しくしてくれないの」と言っているけれど、私には知っている。
ウェルハントさんは大切に想っていることを。
毎日のように村へやってくるリズを心配して、何度も私に手紙を寄こしている。
リズを想う気持ちでいっぱいの手紙。
「私も同じさ。二人とも大事な妹だけど、一番大事なのはルチアナだよ。今までもこれからもお前を守っていく。私の願いでもあるし、父さんたちの願いでもあるからね」

月明かりの中の兄さん。
両親の面影を残す横顔。
兄さん、ありがとう。
父さん、母さんがいなくなって、一番大変なのは兄さんなのに。
それなのに・・・。
微笑みを浮かべた兄さんが、私の名を呼ぶ。
「それにルチアナが一番私のことを解っていてくれるだろう。大事な自慢の妹さ」
その言葉に涙がこぼれる。
優しい声、いつもと変わらない。
その微笑みが崩れて、少し悲しそうな顔になる。
「ルチアナが自分の一番を見つけるまで、私の一番でいておくれ」
「私の一番?」
そうだよと頷くと兄さんは指で涙を拭い、濡れた頬にキスをした。
私の一番・・・。
兄さんの他に誰かいるかしら。
リズのこと?と聞いたら、兄さんはゆったりと首を振った。
「ルチアナがこの世で一番大事に想い、一生守っていきたいと想う人だよ」
私は首を傾げながら、兄さんを見つめていた。
そんな人に出会うの、ここで?
「守り人」となる私はこの村から一生出ることは出来ないというのに・・・。

兄さんの胸に抱かれながら、私は月を見ていた。
明日も天気かしら。
・・・ごめ・・・ね・・・。
ぼんやり考えていたら、ふいにリズの声が聞こえた。
耳元でかすかに。
でも、確かにリズの声だった。
違うの。
思わず首を振った。
リズ、好きだよ。それは変わらないの。わたしの妹で大事な友達。
だから、そんな悲しい声しないで。


明日も来るって、リズ。
また村に着くなり、エルザの悪口言うのかしら。
もういやになっちゃうって嫌な顔して肩をすぼませると、次には大笑いするのよ。
ルチアナの顔見たら、忘れちゃったー!って。
そう言えば明日は弓を練習するって、はりきっていた。
練習のお手伝いしよう。
リズったら、上手なのにわざと的を外して、マギーに叱られるの。
マギーに怒られるのが好きなんだって。ふふ、変なの。
マギーって笑いながら叱るから、全然怖くないの。
明日も楽しみだな。

「兄さん、ご本読んで」
私は兄さんの膝に乗ったままで床に落ちた本を指さした。
「喜んで」
兄さんはさらさらの髪を耳にかけると本を拾い上げ、ページをめくり始めた。
月明かりの中、兄さんの声が心地よく響いていく。
優しい声に瞼がゆっくりと閉じていく。
今日はこのまま兄さんにもたれて眠っちゃおう。
昔してもらっていたみたいに・・・。
恥ずかしいけど、今日だけは特別。
明日からリズのお姉さんになるの。
今は兄さんの妹。
昔みたいに・・・。
私だけの兄さん・・・。
つないだ手がとっても暖かかった・・・。


<月明かりの下で> 終わり
('05.02.26)

> <1>
>> back to Story



このサイトで使用しているイラスト・文章等の著作権は「娘子」にあります

無断で転載・複製・加工・再配布等を行うことを禁止します


>> Fortune Scape
Copyright(c) 2001-2006
Musumeko All rights reserved .

>> back to top