「あーあ、時間くっちゃった。もう暗くなってきた〜。早く、村へ行きましょう!」
「いや・・・」
「え?」
街道に戻りかけたリズが、足を止める。
「さっき、南に向かえば街があると言っていたな。俺はそっちに行くよ。だから、ここで。世話になったな。じゃ」
これ以上一緒にいても、こいつに迷惑をかけるだけかもしれない。
・・・というより、ことあるごとにからかわれそうで、怖いんだよな・・・。
リズはちっちっちと舌打ちしながら、人差し指を立て、俺の鼻先で降る。
「だ・め・よ。あんたはあたしの守護剣になって、村まで行くのよ。決めたの!」
「はぁ?何で?」
「普通の人よりは、剣が出来るから」
「んなの、理由になってねぇぞ」
守護剣とは、主人を自分の命を懸けて、守る剣士のことだ。
要するに、主従関係を結ぶということだ。
命を投げ出してもいいような主人に出会うことが出来たら、それもいいだろうが、会って間もないリズを主人って呼ぶ?
冗談じゃない。
何を言いつけるかしれたもんじゃない。
リズは相変わらず、鼻先に指を突きつけたままだ。
「だいたいねぇ、そんななりの男の子を入れるほど、街の門番はばかじゃないわ。追い払われるのが、関の山よ。ま、あたしと一緒なら話は別だけど」
「何でだよ?お前だって、追い払われるだろ」
「・・・ふふ。行ってみれば、わかるわ。だ〜か〜ら〜、あんたはあたしと一緒に村に行くのよ。いい、解った?」
いまいち、話がわからなかったが、勝ち誇ったような顔に、言い返すことは出来なかった。
やっぱり、一緒に行くことになるのか・・・。
こいつの話に付き合うのは、しんどいなぁ。
しかし、一緒に村に行くのはいいとしても・・・。
こんな傲慢娘の守護剣なんて、絶対にごめんだ。
「守護剣なんて必要ないだろ?お前、そんなのいらないくらい、十分強いじゃないか」
横目でこちらをうかがっていたリズの表情が、急に変わる。
手まで握り締めて、うるうるとした瞳をするのだ。
「ひどいじゃない、こんなか弱い乙女に、なんてこと言うの。ここまで来るのだってね、怖いから、馬で来たのよ。それが森の邪気に当てられて、主人を置いて逃げるから、仕方なく一人で歩いているっていうのに」
「・・・うそつけ。大体、一人で来ること事態、か弱い乙女がやることか?」
明らかにうそ泣きをしているとわかる顔から、ぺろっと舌が出た。
まるで小悪魔のようだ。
「でも、暗くなってきたしさ。この辺、真っ暗になっちゃうから。ね、村まででいいから」
日が翳ってきて、暗くなる森を見上げるリズが、不安そうな声で言う。
女の子だからな、強くても・・・。
いいよと言いかけた時、リズは地面に落ちたタオルに目をやった。
そういえば、戦闘の最中に飛んだなぁ・・・。
などど、のんびりと構えていたら、拾い上げたリズが森を震わさんばかりの大声を上げた。
「ひっど〜い、タオル真っ黒じゃない〜!これ、お気に入りのやつなのに〜。洗ったって、落ちないよぉ。どうしてくれるのよぉ・・・ってことで!問答無用、守護剣決定ね!」
半分涙顔で、びしっと俺を指差す。
「わ、悪かった!あやまる!タオルは弁償するよ。でも、守護剣とは話が別だろ?」
「違わない!責任とって!弁償するったって、いつになるのよ?お金だって、持ってなさそうだし。だからぁ、守護剣やってくれたら、それはチャラにするから」
口を尖がらせたリズに、ため息が出る。
さっきまで、守護剣やる気だったのに・・・。
そんな気持ちは、すっかり失せていた。
「いやだね、お前の守護剣なんて!」
「いいから、やりなさい!今のところ、剣しか、とりえが無いでしょう!」
売り言葉に買い言葉。思わず、口走っていた。
「・・・わかった!やればいいんだろう?やってやるよ!ただし、その村までだ。ほら、行こうぜ!」
出来るだけ、ぶっきらぼうに投げやりな感じで言う。
素直にいうこと聞いているわけじゃねぇぞ。
そんな俺にお構いなりのリズ。満面の笑顔で、こう言い放った。
「そうそう。あたしの側で守護剣してなさい!それがあんたにとって、一番いいことよ」
何て横暴なんだ、こいつ。
信じられねぇ。
誓いを立てろと言わんばかりに右手を差し出したリズを、無視して歩き出す。
口づけなぞ、してられるか・・・!
背中にひしひしとリズの怒りを感じながらも歩き続けていると、彼女は俺を呼んだ。
「クルー!」
「え?」
思わず振り返る。
投げられたショートソードが、パシッと掌で音を立てる。
「あんたの名前よ。ほんとの名前がわかるまで、そう呼ぶから。いいね!」
・・・〜っ・・・。
もういいさ。勝手にしてくれ。
俺の人生、こいつに握られてしまったような気がする。
気のせいではない。
見つけてくれたのが、こんな奴だったのが運の尽きかな。
それよりも記憶を無くしているのが、かな?
"クルー"
その言葉の意味を思い出して、はっとする。
「それって、"私の家来"とか言う意味だろ?そんな変なのにするなよ!」
「だって、その通りじゃない。あたしは命の恩人なんだからね。いうこと聞くのが、筋ってもんでしょう。あたしが助けなかったら、あんた、今頃あそこで野垂れ死によ。感謝してもらわないと!」
にまと歪んだ笑顔は悪魔のようだった。
がっくり肩を落として「わかった、それでいいよ」と言うと、一変、リズは天使の顔になった。
「クルー。・・・お話して、もっと。自然になってきてるよ、言葉」
本当だ・・・。
リズと話をしていくと、体の中で粉々に砕けていた記憶の欠片が少しずつ集められ、元に戻ろうとしているようだ。
「最初、泣き顔だったから・・・。笑ったほうがいいのにって、思ってたんだ。ふふ、今のほうがずっといいよ。たとえ、怒っていてもね!」
「・・・・・」
ウインクをして、覗き込むリズ。
「思い出せるよ、きっと。それまで、付き合ってあげるから。ね、元気出して」
おだやかな微笑を湛えたリズが、そこにいた。
「焦らないで・・・。あんたは、・・・ここにいるんだから」
俺をまっすぐに見上げる不思議な色の瞳。
紫水晶のようだ。
とても綺麗だと思った。
でも、その瞳が憂いを帯びているのは何故だろう。
夕日を浴びた街道は、赤く染まっていた。
道を急ぐ、二人の影は長く伸びていった。
道中は守護剣の出番も起こらず、平穏に過ぎていった。
村のこと、父親のこと、兄妹のこと・・・。
リズの声が、鈴の音のように闇に飲まれゆく森に響く。
もうさっきのように、耳が拒否をすることは無くなった。
・・・たまに、休みたがるけれど。
リズの話を聞きながら、もうどのくらい歩いたのだろう。
目の前に村が見えてきた。
森に抱かれた小さな村。
木々たちと共存している。
「あれよ、あたしのハイウェンド村!ふふふ、綺麗でしょう」
あ!とリズは大声を上げて、駆け出した。
「お〜い、ルチアナ〜!ただいま、今来たよ〜!」
手を振る先を見ると、村の入り口に誰かいる。
夕日に長く伸びた影。
赤い光に照らされた白い姿。
それは、あの焔の中の女性にも似て。
こめかみが疼きだす。
なぜか目が離せなかった。
どうして、倒れていたのか?
どこから来たのか、どこに行こうとしていたのか?
・・・誰なのか?
これから、どうなるのか・・・?
どうしてゆけばいいのか・・・?
何もわからないままに、その夜を迎えようとしていた。
<はじまりのはじまり>終わり
('05.03.27)
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