「ルチアナ!元気にしてた〜?あぁ〜ん、会いたかったよぉ」
村の入り口に立つ少女は、夕日にその姿を赤く染められていた。
リズはその少女に飛びつくと首に腕を回して、抱きしめた。
「大げさねぇ。先日来たばかりじゃないの」
ルチアナと呼ばれた少女は、リズの髪をなでて優しく笑った。
柔らかく瞬きする、萌えいずる若葉色の瞳。
長い白銀の髪を後ろに緩やかに束ね、全身白の衣装を纏った彼女は、明らかに光の女神か精霊に携わっているのだとわかる。
「・・・急に呼び出して、ごめんね。突然でびっくりしたでしょ」
「ううん、平気。ルチアナのためなら、いつでも飛んでくるわ。兄さんが帰ってきたのなら、なおのこと。・・・それにいいもの、拾ったの!」
首に回した手を外しながら、いたずらっ子のような微笑のリズが振り返る。
二人の視線がクルーに注がれる。
ルチアナは一瞬、怪訝そうな表情を浮かべたが、ほほえみと共におじぎをした。
そして、リズにどちら?と問うた。
リズは得意満面でクルーの腕に手を回し、無理矢理引き寄せる。
「そこの街道で拾ったの。なかなか、いい拾い物でしょ。クルーって、いうのよ。あたしが名づけ親。そんでもって、あたしの守護剣なんだ」
勝手に言ってろ・・・。
ぷいとそっぽを向いて、嫌悪感を表しているつもりなのに、リズには全く通じない。
リズはクルーへ向き直ると、白い少女を紹介した。
「でね、クルー。こちら、ルチアナ。あたしの一番の友達にして、お姉さん。んで、精霊使いなのよ。さっき、話したよね。で、ここが大事。この村の守り人よ。すごいでしょ」
リズの手を乱暴に払うと、ふーんと気の抜けた返事をした。
本当は遠目で彼女を見た時から、とても興味があった。
何故だろう。
こんなにも懐かしさに胸が震える・・・。
ルチアナは困った顔をして、クルーを見上げる。
「ごめんなさい、・・・話が見えないのですが。クルーさんでよろしいのかしら?それに守護剣なんて・・・。ほんとうなんですか?リズがわがままを言ったのでは無くて?」
リズが「ひどい!わがままなんて言ってない」と声を上げるのを横目に、クルーもわざとらしく困り顔を作って、大きなため息をつく。
「えぇ、クルーって名づけられました。守護剣のことも、勝手に。あぁ、それともう守護剣ではないです。ここまでの約束でしたから」
リズは、またクルーの鼻先で指を立てて降り始めた。
「ちっちっち、まだ続行中よ。道中、あんたの出番なかったじゃん」
「な、話が違うだろ!」
クルーの言葉なんて、完全無視のリズ。
「で、こいつ、見ての通り、ひどいカッコしているでしょ。お風呂と着替えが欲しいんだけど、うちで用意してあげてもいいかな?」
右手を頬に寄せ、考え込むルチアナ。ゆっくりと首を傾げる。
「いいけど、着替えは合う物が無いかもしれないわ。兄さんはこちらより背が高いと思うから」
リズはクルーを上から下までまじまじと眺め回して、そうねと頷いた。
「あたし、古着屋でいろいろ見繕ってくるわ。リズ様のコーディネイト、楽しみにしててね。じゃ、あとで。クルーをよろしく!」
リズは右手でガッツポーズを作ってから、くるりと回れ右をして駆け出した。
「えぇ?ちょ、ちょっと、リズ?!」
「お、おい・・・!」
2・3歩駆けてから、リズは「あっ」と声を上げて、急停止。
振り向きざまに、クルーを指差した。
「クルー、いいこと?ルチアナに手を出すんじゃないわよ。そんなことしたら、承知しないからね!じゃ、行ってきま〜す!」
あっけに取られているクルーをしり目に、リズは今度こそ夕飯の買い物客で賑わっている商店街へ駆けていった。
「な、なんだよ。あれ・・・」
取り残された二人は顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
「すみません。いつもあぁなんですよ。リズって」
「解ります。さっきから強引すぎて、まいってました」
ふふふと柔らかに笑うルチアナを、クルーは見下ろしていた。
ルチアナは自分の肩ぐらいの背だ。
彼女のまつげが頬に影指す様。
自分を見上げる瞳。
微笑みながら、耳へ髪をかけるしぐさ。
全てが、見覚えがあるものばかりだ。
懐かしい・・・。
懐かしいというより・・・。
クルーは打ち消すように、頭を振った。
そんなこと、あるのだろうか・・・?
うちはこちらですと言うルチアナに導かれて、歩き出す。
山々は夕日を飲み込み、闇に覆われつつあった。
「失礼ですけど・・・」ルチアナの長いスカートが風になびく。
「リズがさっき拾ったなんて言っていたけれど、ほんとですか?」
クルーはここに来るまでにあったことを話した。
リズに会った時のこと。
記憶が無いこと。
ゴブリンたちに襲われて、剣を振るうことを思い出したこと。
リズに名前をつけられて、無理矢理、守護剣にされたこと。
彼女は、記憶喪失という言葉に一番驚いた。
「ほんとに記憶が無いのですか?そんなことって、あるのかしら・・・」
「・・・本当です。こうしていても、自分の名前すら、思いつきません」
ルチアナは、まぁとその知的そうな額に眉根を寄せた。
その様子を見て、リズとは大違いだとクルーは感じた。
芽吹いたばかりの萌葉のような色の瞳が心配で曇る。
彼女の優しさが感じられた。
風に揺れる白銀の髪が、夕空に映える。
さっきの感覚は続いていた。
理由はわかっていた。
あの焔の夢に出てくる女性に似ているのだ。
長い髪にほっそりとした立ち姿。
こちらを見つめる優しいまなざし。
昔、どこかで会っているのだろうか?
なんとも懐かしい・・・。
でも、それ以上にこんな感情を持つのはおかしいのではないか・・・。
クルーは自分の気持ちに戸惑っていた。
こんなにも、愛しく想うなんて・・・。
村の奥、一番小高い場所に彼女の家はあった。
軽く息切れがするくらいの坂だったが、すがすがしい森の空気のせいか苦も無く、登りきることが出来た。
これもこの村の守り人であるルチアナのおかげだろうか。
どうぞと通された部屋は、暖かな雰囲気の調度品が置いてある居間であった。
「少し待っていてね」ルチアナが奥へと続く廊下へ消える。
居間の先には、広いテラスが続いている。
そこにも座り心地の良さそうな椅子がおいてあり、そこからは村全体を見渡せた。
リズがいる辺りはあのへんだろうか?
賑やかな声が聞こえてくる大通りらしき道が見える。道を覆うがごとく、屋根や幌が連なり、煙突から夕飯の煙が上がっている。
「さ、お風呂の準備が出来たわ。どうぞ、お入りになって。着替えは兄ので申し訳ないのですが、用意しておきましたから」
ルチアナから渡されたタオルを見て、リズのあの強引さを思い出し、苦笑した。
食堂やらなんやら言っていたけど、結局のところ、ここに連れてきたかったんだな。
気持ちのいい家だ、これを見せたかったのだろう。
・・・無理矢理だな、あいつ。
湯から上がって、ルチアナが用意してくれた衣服に着替える。
石鹸の匂いがする、白いシャツとベージュのパンツ。
どちらも少し大きかったので、袖や裾をまくって着た。
濡れた髪をタオルでごしごし拭きながら廊下を歩いていると、居間の方から花のようないい香りが漂ってくる。
その香りに誘われるように中に入ると、リズが来ていた。
ソファに落ち着いているリズの隣には、ルチアナが微笑んでいる。
他に女性が一人。
長い黒髪を後ろにまとめ、少し陽に焼けた頬にはそばかすがうっすらと見える。
最初に彼女が、クルーに気がついた。
「彼がそうなのね、美形だねぇ。皆がうわさしてたの、わかるわぁ。リズが恋人を連れてきただなんて」
「えぇ〜?!そんなこと、言ってたの?違うの、これは拾ったんだってば」
「リズったら・・・」
「拾ったって、あんたねぇ・・・。犬や猫じゃないんだから」
勢いよく立ち上がって「あんたも否定しなさいよ!」とクルーに矛先を向けるリズを、軽やかに笑う二人。
そんなこと言われても・・・、拾ったとか言われる身にもなってみろ。
笑い声の中、所在無く突っ立ったままのクルーに、黒髪の彼女が手を差し出してきた。
クルーも手を伸ばす。
「あたしはマギーよ。この二人のお姉さん役ってところかな?リズの弓の先生でも、あるわ。あなたのことは、リズから聞いた。焦らなくてもいいからね。何事もじっくり、ゆっくりとね。もし、ここが気に入ったら、好きなだけいていいから。面倒はあたしが見てあげる!」
力強く握り返す手に、とても頼もしさを感じた。
「でもね」とマギーは、クルーの鼻先で人差し指を振る。
ん?この動作、どこかで・・・?
「小さい頃から、知っているからわかるんだけど、二人はいい子だからね。泣かせたりしたら、このあたしが黙ってないからね!」
マギーはウインクして、にっと笑顔を作った。
落ち着いた雰囲気はかなり年上に感じるのに、茶目っ気たっぷりの可愛らしい笑顔は自分とそう変わらないように見える。
「あぁ〜、ずるい。それはあたしの台詞なのにぃ〜!」
地団太を踏みながら、悔しがるリズ。隣に座っていたルチアナの肩を抱く。
「いい?クルー。ルチアナに手なんて出して御覧なさい。その時は明日の太陽を拝めないと思ったほうがいいわ。ルチアナはあたしのもんよ。あたしが守るんだから!」
ルチアナはにこにこと微笑ながら、クルーに椅子を勧めた。
その笑顔はとても嬉しそうで、リズを信頼しているのがわかった。
リズは彼女の肩を抱き、見守るような瞳で笑っている。
リズもルチアナに信頼を寄せている。
血の繋がりはない姉妹だと言っていたけれど、それを超越しているのだろう。
頬寄せ合って、睦まじげに微笑む二人の姿を、クルーは嫉妬にも似た思いで見ていた。
髪を乾かしたクルーがソファに落ち着くと、ルチアナが香りのいい紅茶を煎れてくれた。
さっきのいい香りはこれか・・・。
口に含むと体にゆっくり染みこんで、不思議と心が落ち着いてくる。
しばらくは3人でクルーを質問攻めにしていたが、カップを置いたリズが切り出した。
「ねぇ、手紙で兄さんがおかしいなんて書いてあったけれど、どうしたの?」
「・・・・・」
「うん・・・」
ルチアナとマギーは、眉根を寄せた顔を見合わせた。
「・・・なんかおかしいのよ。あんたも会ってみれば、わかるわ」
怪訝そうに首をかしげるリズ。
「やあねぇ、二人とも。おかしいなんて、兄さんに失礼よ。部屋に居るの、兄さんは?会ってくるわ」
「久しぶりだわ」とリズはこれまでで一番の笑顔で立ち上がると、廊下へ消えていった。
その兄さんの部屋は、家の一番奥にあるらしい。
遠くでノックの音とドアが開く音がする。
「大丈夫かしら?」
「うーん・・・」
クルーは、心配そうにリズの背中を追う二人に問うた。
「お兄さんは、いつもはここに住んでいないのですか?」
答えようとしたルチアナの代わりに、マギーがずいと割って入る。
さっきと同じく、ちっちっちと指を立てて、クルーの鼻先で降る。
どっかで見たことあると思ったら・・・。
これって、リズだ。
この人が元祖かと、クルーは笑いを堪えるのに必死だった。
「敬語はいいから。ここじゃ、「です」「ます」使用禁止なの。名前にも「さん」とか「君」とかつけちゃいけないのよ。・・・なんて冗談だけど。ほんと、気を使わないで。私もあなたと普通に話したいの、いい?」
わかったと頷くと、マギーはそれでよろしいと笑った。
ルチアナにも同じように念を押してから、「じゃあ、どうぞ」と話を譲った。
ちょっと頬を染め、嬉しそうにルチアナは兄のことを語り始めた。
「兄は大学に行っててね。様々な魔術を習うために、あちこちの大学を渡り歩いているのよ。兄は優秀な魔法使いなの。それに精霊使いでもあるのよ。ここの守り人をやっている私ですら、敵わない力の持ち主なの」
「ふふふ、またルーレンスの自慢話ね。ルチアナは兄さん命なのよねー」
マギーのからかいに「違うわ」と頬をさらに染めたルチアナ。
それもひと時のことで、不安げな表情が白く冴えた顔を支配する。
「学問が忙しくて、なかなかここには帰ってこないのだけど・・・。昨日連絡もなしに帰ってきたから、びっくりしてしまって・・・。いつもだったら、先の便りにそう書いてくるのだけど・・・」
マギーもルチアナの言葉に頷く。
「最近は、その便りさえ途絶えてしまって、心配していたの。昨日の夜、久しぶりに帰ってきたけど、何だか様子がおかしいの。いつもの兄ではなくて・・・。話しかけても上の空だし、いらいらした目でにらみ返したりするの・・・。そんなこと、これまで無かったのに・・・。いつもは優しい兄だから・・・」
目を伏せたルチアナの肩を大丈夫と言わんばかりに抱くマギー。
そのマギーも心配そうな表情だ。
ルーレンスという人は、とても信頼の置ける人物なのだろう。
三人の心配はその表れだ。
「それで無理をいって、リズに来てもらうことにしたの」とルチアナは締めくくった。
無理を言っても、言わなくてもあいつは来るんだろうなとクルーが思っていると、奥で「きゃあ」という悲鳴とともに、がたんと大きな音がした。
<2>へ続く・・・
('05.04.28)
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