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はじまりの焔
<2>

はじまりの焔
「リズ?」
悲鳴に驚いたルチアナとマギーが、その音の方向へ向かう。
乱暴にドアが閉められる音が立ち上がったクルーの耳を衝く。
3人が駆けつけると、リズは廊下の壁に身を預けて座り込んでいた。右肩を抑えて。
リズは苦痛に歪んだ顔に無理矢理、笑顔を貼り付けて駆けつけた者たちを見上げた。
「大丈夫よ。これはあたしが悪いの。兄さんを怒らせてしまった。あたしのせいなの。兄さんのせいじゃないからね!」
「こんなの痛くないよ」と言いながらも痛みに顔を歪ませ、壁に身を預けたまま立ち上がった。
おそらく、ドアに押しつけられたのだろう。
反動でドアは開き、そのまま壁に叩きつけられたんだ。
「ごめんね、リズ。行かせるんじゃなかった」
ルチアナは、リズを支えるように寄り添った。
「いつもの兄さんと違うのよ。なんというか、いらいらしているというか・・・」
ルチアナのこの言葉に、リズの表情ががらりと変わる。
先刻、羨むほど睦まじい様子だったのに、今は色褪せた思い出のようだ。
リズはルチアナにものすごい剣幕で噛みついた。
「兄さんだって、人間だもん。いらいらする時だってあるわ。兄さんは忙しい身だし、何かと大変なのよ。とにかく、いつもの兄さんよ。何にも変わってないわ。大丈夫よ、この森でしばらくゆっくりしたら、いつもの穏やかで優しいあたしたちの兄さんにすぐに戻るわ。そうでしょ、ルチアナ?」
「リズ・・・」
ルチアナの消え入りそうな声は、マギーの声に掻き消された。
「リズのルーレンス至上主義は相変わらずなのね。でも、それもどうかと思うわよ。それは、常に曇っている目であいつを見ているってことに、ほかならないんだから」
リズは怒りで吊り上った瞳でマギーでさえも睨みつける。
「マギー、それ以上言うと怒るわよ。さ、これはこれで終わり」
ルチアナの手を振り払って、すたすたと居間へ向うリズ。
残された三人は、黙ってその後をついていくしかなかった。
リズの背中を見て、クルーは感じていた。
リズの中で一番誰が大切なのか。
これはどんなことがあろうとも、変わらないのだと・・・。

リズはしばらくの間、ふくれ面でソファに埋もれていた。
けれど自分のせいで周りの空気が冷えてしまったのに、気がついているようだ。
沈んでうつむいているルチアナと、ため息を絶えずついているマギーを、ちらちらと上目遣いで伺う。
クルーも二人に何と声を掛けたらいいのか、迷っていた。
居心地悪そうに姿勢を替えたリズ。
目が遭った。
思い出したように「あっ!」と声を上げる。
ルチアナとマギーが驚いて、顔を上げる。
・・・なんかいやな予感がする。
見るからに作った笑顔で明るい声を張り上げる。
自分が作ってしまった空気を打破したいという魂胆が見えみえだ。
「ねぇねぇ、ファッションショーでもしない。クルーに合う服、見繕ってきたの〜。似合うと思うんだよね〜!はい、着てみよう!」
びしっとクルーを指差すリズ。
はぁ、やっぱり、予感的中かよ。
いやだと声を荒げることも、今の二人の前ではしてはいけないような気がした。
また、ため息が出た。
やればいいんだろ、はぁ。ついていけねぇ。
これじゃ、俺が道化じゃないかっ!
今にも噴出しそうな顔のマギーがクルーの隣に来て、小声で囁いた。
「完全にあんたはリズのおもちゃになっちゃったね。ご愁傷様」
・・・・・うぅっ。
それは出会ったときからだ。運が悪かったとしかいいようがない・・・。
しかし、リズの選んできた服や靴は不思議とクルーに似合い、ルチアナとマギーの二人はリズの見立てはすごいと感嘆の声を上げた。
確かにすごい。
サイズもぴったりだ。
リズは次の服をクルーの背中にあてがいながら、得意そうに鼻歌なんて歌っている。
ルチアナもマギーも次これ着せてみようと、積み上げられた服の中から楽しげに選んでいる。
さっきまでの空気はいつの間にか消え、和やかな雰囲気に戻っていた。
二人が喜んでいるのなら、いいか・・・。
楽しそうにしている二人を見ながら、嘆息を漏らすと背後でリズがごめんと呟いた。

4人でルチアナが用意してくれた夕食を食べ、マギーが帰ったあともしばらく話し合った。
話題はもちろん、クルーの記憶についてだった。
「持ち物もほとんど無いとなると、手がかりは無いに等しいわね」
「着ていたものも焼け焦げてて、どこのものかわからないし・・・」
「手がかりかどうかは解らないが、さっき風呂に入った時にみつけた」
袖をめくってあらわになったクルーの右肩に、二人の少女が見入る。
「なに、これ?」
「紋章?」
肩には、ツタが絡み合って作った円の中に竜が二匹絡みついている紋様が見える。
刺青のようにもあるし、ホクロのようにも見える。
「これって、どこかの国を示しているのかもしれないわ」
「調べれば、わかるかもしれないってこと?」
浮き足出すリズの問いに、ルチアナが頷く。
「あら?これって、何か入ってる?」
リズの指先が触れたところ、竜の口が開いているところが少し盛り上がっている。
大きさは小指の先ぐらい。
皮膚のすぐ下にある。
「石・・・かしら。ころころしてる。痛くないの?」
「別に・・・。何の感覚も無い」
「とにかく、その紋章を調べてみましょうよ。文献あったよね」
リズが立ち上がると、遠くで時計の音が鳴り始めた。
「あら、もうこんな時間?」
「そうね、もう遅いわ。クルーも今日はいろいろあって、疲れたでしょ。それを調べるのは明日にしましょう」
クルーは頷いた。
目まぐるしい日だった。
リズに会って、戦闘があり、この村に着いて、ルチアナとマギーに会った。
でも、一番知りたいことは何もわからずじまいだ。
記憶のこと・・・。
ルチアナがこんなに懐かしく感じるのも・・・。
自然と姿を追ってしまう。
クルーが見つめているのも知らず、ルチアナは寝室を用意するわねと、席を立った。

「じゃあ、明日、村を案内してあげるわ。寝坊しないでね、おやすみ」
ルチアナが用意してくれた寝室は2階の角の部屋だった。
一緒に上がってきたリズが、ランプを置いて出てゆく。
隣でドアを閉める音がした。
ランプを消して、カーテンを開ける。
窓から漏れる月明かりだけが、この部屋を照らしている。
静かな夜だった。
守り人、ルチアナの願いが、この森を守っているのだろう。
ベッドに腰掛けて、窓越しに空を見上げた。
半分欠けた月。
あの月の様に自分も欠けている。
今まで何をしてきたのだろう。
せめて、それだけでも知りたかった。
そしたら、こんなに不安にならないのに。
慌ててカーテンを閉めた。
月の光を浴びていたら、自分がこの世のものとは思えないものに変貌してしまいそうだ。
思わず声にならない叫びが、口から漏れる。
脳裏をよぎる焔の夢が、体を震わせる。
恐怖に襲われ、自分で自分を抱きしめた。
焦らないで。君は君なんだから・・・。
どこからか声が聞こえる。
それが自分の声なのかは、わからなかったが「そうだな」と頷き、のろのろとベッドに入った。
清潔なベッドはクルーの眠りを誘うのに、時間を全くかけなかった。

・・・・・誰だ!?
寝入ってどのくらいの時間が経ったのだろう。
クルーは誰かが部屋に入ってきた気配を感じ、起き上がろうとした。
が、体が動かない。
・・くっ、何だ?全身を鎖で縛られているようだ・・・。
気配は、なおも部屋の中にある。
強烈な威圧感。それは一瞬にして、身も凍るような冷たさだ。
ふつふつと額に汗が噴き、息が止まる。
「お前が何故、記憶を忘却したのか。その訳を教えてやろうか?」
声は、はるか上から聞こえてきた。
低く落ち着いた、けれど冷やかで蔑む声。
「自分を護るために、ただそれだけのために記憶を失ったのだ。・・・己のためだけに。逃げたのだ、お前は。・・・脆弱な奴よ、やはり私の足元にも及ばない」
何を言っているんだ。
聞きたくとも、声が出ない。
俺が自分を護るためだけに、記憶を失くしたって・・・?
その事実から、逃げただと・・・?
そんな・・・。
逃げ出してしまうくらい酷い過去があったのか?
それに向き合うことも出来ずに逃げ出すような、そんな卑怯な奴なのか、俺は?
視線を何とか声のするほうに向ける。
目の端に捉えることの出来たものは、白いローブだった。
「こんなものばかりいるのかと思うと、へどが出そうだ。やはり、この世界は滅ぶしかないようだな・・・」
ドアが閉まる音がして、やっと体が開放された。
げほ、げほっ!息をやっとすることが許されて、驚く気管。
急いでドアを開けても、そこには誰もいなかった。
あれは・・・、ルーレンスという奴か?
あれがルチアナとリズの兄貴?
二人とも、やさしい兄さんだって言っていたのに。
なんて冷たい声で話す奴なのだろう・・・。
「クルー、起きて!」
額の汗を拭いベッドに腰を下ろしたとたん、ドアをどんどんと叩く音とともにリズの叫び声が聞こえてきた。
「あぁ、そんなに怒鳴らなくても聞こえてる。どうした?」
「きゃぁ」
ドアをいきなり開けたせいで、手を振り上げたままのリズが倒れこんでくる。
クルーの腕に抱きとめられたリズの顔には、涙が光っていた。
「兄さんがいないのよ・・・!」
「え?こんな時間に会いに行ったのか?」
よくよく見ると、リズは昼間のカッコのままだった。
「え、だって、謝りたくって・・・。そしたら、いなかったのよ。おかしいわ、こんな夜更けに出て行くなんて。お願い、一緒に探して!」
「さっきまで、ここにいた・・・と思う」
確信が無い。
あれがルチアナの兄貴だとは信じたくなかった。
「え、ほんと?で、何か言ってた?どこに行くとか?」
一瞬にして、安堵の顔になるリズ。
それを見ればわかる。さっきのことは今言うべきことではないのだ。
クルーは口をつぐんだ。
「・・・・いや、何も・・・」
「何、それ?何もないのに、ここに来たの?」
彼女の安心した顔に、また影が差す。
「・・・あぁ」
「・・・?訳わかんない。もういいわ、早く支度して、探しに行くんだから。外で待ってるからね!」
クルーの曖昧さにいらいらしながら、リズは出て行った


<3>へ続く・・・
('05.4.28)


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