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はじまりの焔
<3>
はじまりの焔
「な、何だ、これは・・・?」
急ぎ支度を整えて外に出たとたん、目に赤が飛び込んできた。
赤い焔が、村全体を覆い尽くしていた。
夜の闇を破るように、真っ赤な火の粉が舞う。
真っ黒な森も焔に赤く照らされていた。
あの夢を彷彿とさせた景色に、思わず足がすくむ。
村を見渡せる庭には、ルチアナが呆然と立ちつくしていた。
「あぁ、クルー。む、村が・・・、燃えている。・・・燃えているの!」
ルチアナはクルーに気がついて、焔を映した頬を強張らせて駆け寄ってくる。
よろける彼女を、両腕で支えとめる。
彼女の動揺が、震えとなって体に伝わってくる。
「落ち着いて。ゆっくり、話すんだ。何で、こんなことに?」
「・・・わからない。おかしな焔なの。水で消そうとしても消えないの。・・・魔法の焔のようだわ。私の結界も完全に破られているし、新たに変な結界が張られているようなの。精霊たちを阻むような。水聖を呼んで、雨を降らそうとしているのだけど、応えてくれない」
「リズは?先に外に出ていると言っていたけど」
「兄を探しに飛び出していってしまったわ。無事だといいんだけど」
「俺も行ってくる。君はここに居て。ここは安全みたいだから」
「いいえ、私も行くわ。村を見てこなくっちゃ。皆を守らなくちゃいけないの!」
それまでのルチアナとは打って変わって、決然とした表情だった。
村を守るという使命に、勇気を奮い立てている。
ルチアナの真摯なまなざしに、押し切られるように答えていた。
「わかった、はぐれないように」
「はい」
二人は自然と手を繋いだ。
また、懐かしい感じがしていた。
こんな状況でなかったら、ゆっくりとそのわけを考えることが出来たかもしれない。
けれど、クルーはそれを振り払って、言った。
「行くぞ!」

「あ、クルー!ルチアナも。大変なことになったわ。火が消えないのよ。いくら、水をかけても」
村の広場に降りていくと、人々が消火に奔走している中にマギーをみつけた。
「えぇ、私も水聖を呼んでいるんだけど、全然応えてくれないのよ。これは魔法の焔に違いないわ。しかもかなり大きな力の持ち主の・・・」
「一体、誰がこんなことを?許せないわ。消えないのであれば、村の外に逃げなくてはいけないわ。皆をまとめてくれる?ルチアナ」
「えぇ、わかっている。でも・・・。兄さんがどこかに行ったままなの」
「リズも探しに行ったまま、戻らないんだ」
「何ですって?!」
その時、火の粉舞う藍色の空に声が響いた。
忘れられない冷たい声。
さっきの声だ・・・!
「何故、この火が消えないか教えてやろう」
焔の中、声のする高台への坂道へ村人が目を向ける。
「兄さん!」
「ルーレンス!」
熱帯びた真っ赤な空気から抜け出した、白い姿。
あれがルーレンス・・・。
やっぱり、さっきの人物はこいつか。
ルチアナと同じ銀髪、緑眼、白い肌、白いローブ。
想像したとおり、美しい容貌の持ち主であった。
しかし、横顔は冷淡で、その身から冷気を発しているかのように彼の周りだけが凍りついていた。
そして、右手には何かを引きずっている。
・・・人間だ!
「リズ!」
ルーレンスは彼女をぼろきれのように、投げ捨てた。
気を失っているようだ。
打ち捨てられたまま、ぴくりとも動かなかった。
ルーレンスはリズを冷たく見降ろすと、続けた。
「この火事はこいつらのせいだ。偽り続け、おまえたちを騙していた、この女とそこにいる守り人のせいでね」
村人たちがざわめき、視線が一斉にリズとルチアナに注がれる。
それらから逃げるように、クルーの腕にしがみつくルチアナ。
「ルーレンスさま、それは何故ですか?」あちこちで問う声がする。
ルチアナは、何者をも拒むように瞳をぎゅっと閉じた。
「ルチアナ・・・?どうした、こんなに震えて」
「・・・や、やめて。お願い、兄さん」
焔の巻き起こす音にかすれる、哀願の声。
無慈悲にも、ルーレンスはルチアナを指差した。
村人の視線がクルーとルチアナに集中する。
「この守り人は、昔、水聖と契約を交わしたのだ。しかもただの水聖ではない。闇の水聖とだ」
兄から冷たく言い放たれた言葉に、ルチアナの手から力が抜ける。
頬は焔を映しているはずなのに青白く冴え、支えていないと今にも倒れそうだ。
「そんな、信じられない」といった声が村人から上がり、ルチアナの言葉を待っている。
けれど、ルチアナは肯定するかのように俯いて、押し黙ったままだ。
ルーレンスは、沈黙するルチアナを尻目に続けた。
「だから、あの洪水は起こった。何人も犠牲者が出たな。愛する人が水に飲まれ、培ってきた家を流された。残酷なことだ・・・。それもすべて、この女が闇の水聖と手を組んだせいだ。闇のものに、村を売ったのだ。自分が強い力を得るためだけに・・・。故にいつしか火聖の怒りを買った。その証拠にこの火は勢いを増すばかりだ。これまでの火聖の怒りが爆発しているのだ」
「そんな・・・。うそでしょ、ルチアナ!違うと言ってよ」
マギーがルチアナの両腕を抱いて、揺さぶる。
それに抗うこともしない、ルチアナ。
「・・・ごめんなさい」
ルチアナの頬を涙が伝う。幾筋も頬を濡らしてゆく。
「・・・なんてこと!」
マギーの呆然とした顔。
クルーは声を掛けることも出来ずに、両手で顔を覆ったルチアナを支えているしかなかった。

「ここに倒れている女も同罪だ」
「もう止めなさい!ルーレンス。あなたらしくないわ。たとえ、ほんとのことだとは言え、実の妹をこんなに傷つけるなんて」
なおも続けようとするルーレンスの前に、立ちはだかるマギー。
その背中は怒りで震えていた。
口の端にだけに笑みを浮かべるルーレンス。
「なら、これを聞いてもリズを庇うのかな、君は」
「え?」
「この火はリズがつけたものだ」
ざわめきが一層大きくなった。悲鳴と共に「どうして、リズが?」と疑問の声が響く。
それが治まるのを待って、ルーレンスは一段と凍てつく声で言った。
「それにこいつは長いこと、我々をも欺いている。こいつは、リズは・・・見放された子だ」
潮が引いていくように、静まる人々。
火炎に空気は焼かれているはずなのに、この場所だけが凍りついてしまったよう。
マギーの視線が、ゆっくりとリズに向けられる。
倒れているリズをクルーは凝視した。
こいつが見放された子だと・・・?
とても、そうは見えない。
必要以上に元気じゃないか。
珠が無い子なんて、いつ儚んでもおかしくないのではないか。
「皆を欺いていたんだ、その娘は。そいつの珠は、生まれながらにして、その体のどこにも無かったはずだ。これまで生きていられるということは、闇の者に珠を授けてもらったのだろう。さすがに闇の者に魅入られた子だ。これまでの恩を何とも思わず、火を放つことが出来るのだから」
恐ろしいとルーレンスは肩をすくめた。
その顔に歪んだ笑みがこぼれたのを、クルーは見逃さなかった。

「火を放ったのは、リズなのか!」
「ルチアナのせいで火が消えないの?」
最初、信じられないと囁いていた声は、次第に怒声や罵声へと変わり、大きく森にこだました。
「待って、皆。ルーレンスが言うことだけが全てではないでしょう?」
「信じられんことだが・・・、マギー。村で一番力の強いルーレンスが言うのじゃ。間違いないだろう。・・・リズが、ルチアナが・・・、信じられん」
マギーの諌める声に、割って入ってきた老人がいた。
しわくちゃの顔にひげを長く伸ばし、腰の曲がった体に杖を携えてはいたものの、声は焔に飲み込まれることの無い張りのあるものだった。
皆の畏敬する感じからいって、村長のようだ。
「ルーレンスが言う通りリズが見放された子なら、とっくの昔に亡くなっているはずじゃ。何故、その歳まで生きている?そんなのを聞いたことがない。信じたくはないが、すでに闇の者として転生しているのかもしれん。この火が証拠だ。消えぬではないか!それに守り人までが過去に我々を裏切っていたとは・・・。そのせいでこんなにも火の勢いが増してしまったとは!」
クルーはなおも村長に食い下がるマギーの側を、そっと離れた。
人だかりを抜けて、リズの元へ駆け寄った。
クルーに手を引かれていたルチアナはルーレンスを目の前にし、その場に崩れ落ちた。
垂れた頭を何度も何度も降る。
地面には涙の跡が幾重にも重なった。
ルーレンスは、そんなルチアナでさえも手を差し伸べることなく、冷眼で見下ろしたままだった。

<4>へ続く・・・
('05.05.26)

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