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はじまりの焔
<4>
はじまりの焔
「リズ、大丈夫か?しっかりしろ」
軽く頬を叩くと、リズはうめき声を上げた。
一体どうしたというのだろう、体は傷だらけだった。
「はぁ、はぁ・・・。クルー、あたし、兄さん見つけたんだけど。・・・見つけたんだけど。・・・」
クルーを認めた瞳からは、涙が溢れた。
「何があった?ルーレンスはそこにいる。お前が火を放ったと言って。本当か?」
リズはこくんと頷いて、地面に顔を伏せた。
「・・・ほんとなの。兄さんを森の中で見つけたから、兄さんに飛びついたの。そしたら、松明の焔が大きく揺れて・・・。あっと言う間に火の海になったの。手がつけられないくらいの焔が・・・!あぁ、どうしよう、あたしのせいだっ!」
ルーレンスを睨みつけるクルー。
「お前、仕組んだな。リズにそう思わせるように、わざと」
「クルー、なんてこというの、兄さんに。兄さんはそんなことしない。しないんだってば。そんな人じゃないの。これは、あたしのせいなんだってっば!」
クルーは自分を責め続けるリズを抱き起こし、ルーレンスに向き合わせた。
「お前の気持ちを利用しているだけだ、こいつは。もう、お前のやさしい兄さんじゃない。ちゃんと見ろ!こんなことする人が、お前の兄さんなのか?」
すぐに顔を背けたリズは「あたしが悪いの・・・」と力なく呟いて、泣き崩れた。
クルーは、ルーレンスを怒りに満ちた瞳で凝視した。
「自分の妹をこんなにも苦しめて、平気なのか?」
ルーレンスはさもおかしいと、鼻で笑う。
「では、自分はどうなんだ。人を苦しめていないと断言できるのかな?確かな記憶が無い君は」
・・・・・どくん。
大きく波打つ胸。珠が破裂してしまいそうだ。
そうだ。俺には何も無いのだ。
証が・・・。
これまでの自分の。
何も、何も、何も・・・。
胸を押さえたまま、動けないクルーを嘲笑うとルーレンスは身を翻した。
そして、火が強い森の中へ入っていこうとする。
「待て!どこへ行くつもりだ?死ぬ気か?そっちは火の海だぞ」
「また、会えるだろう。その時は、少しでも目覚めてくれているといいのだかな。ふふ、あははは・・・!」
ルーレンスの高笑いが、森の闇に吸い込まれてゆく。
「兄さん!待って、行かないで!行かないで!お願い・・・」
リズは傷だらけの体で這って、兄の背中に手を伸ばす。
その手は空を掴むだけ。
妹の叫びも虚しく、兄の白い姿は渦巻く火炎が飲み込んでいった。
あの夢を見ているようでこめかみが疼く。
クルーは追いかけることも出来ず、凍りついていた。
右手にはルチアナ、膝にリズを抱えて。


「皆、やめて。落ち着いてよ!」
マギーの悲鳴に近い叫びに、はっと我に返るクルー。
近くに小石が落ちる。
そのすぐ側にまた小石が落ちる。
振りかえると、村人たちが石を投げつけている。
子供も大人も皆、三人に向かって。
うっ!
背中に石が当たる。続けざまに、足にも手にも頭にも。
石は雨のように降ってきた。
「出て行け、出て行け!」という声と共に。
「あんたたちのせいで、お母さんが死んだんだぁ」
「家が流されて、全てを失ったんだぁ」
「また、この村をつぶす気だな、この悪魔どもめ!」
その声は、悲しく怒りに満ちていた。
これまで忘れ切れずにいた哀しみが、一度に溢れてしまったのだ。
自分たちにも止められないくらいに。
クルーは二人の盾になるので精一杯で、身動きが取れなかった。
いくら、小石とは言えど、当たれば痛みが生ずる。
当たるたびに声を上げたくなるけれど、二人に聞かせたくない。
村人の鬼の形相を、二人に見せたくない。
その想いだけで、クルーは歯を食いしばって耐えた。


ふいに石の雨が止んだ。
振り返るとマギーが盾になるが如く、両手を広げて立っていた。
「庇い立てすると、承知しないよ!マギー」
怒りに狂った声が、マギーに降り注ぐ。
それでも彼女は決然とした声で、村人に呼びかける。
「皆、今まで二人がしてくれたことを思い出してよ!ルチアナは守り人として、リズは弓でこの村を守ってくれたじゃない。皆、二人を愛していたじゃない。忘れてないよね?!」
「でも、ルーレンスさまのお言葉だ。真実だ!現に二人から否定の言葉すら出ていないではないか?!」
村人の心を代弁する村長。これにはマギーも反論できなかった。
再び、怒号と共に石の雨が降り注ぐ。
「マギー、危ない!」クルーが叫んでも、マギーはその場から逃げなかった。
二人の代わりに、一身に怒りを受けながら。
マギーの真摯なその姿に、さすがの村人たちも怯む。
一瞬、石の雨が止んだ。
彼女はクルーに駆け寄ると、耳元で囁いた。その額からは血が流れていた。
「お願い、二人を連れて逃げて!あたしが何とか、皆を落ち着かせるから。クルー、立って、早く!」
「し、しかし、マギー・・・」
クルーをじっと見つめ、哀願するマギー。
事実を知っても二人を信じ、ここまで大きくなった村人の怒りを彼女は自分ひとりで背負うというのか。
彼女の決断に暖かなものを感じ、胸が震えた。
「あたしの馬に乗っていって。あそこに繋いであるのが、そうだから。お願いよ、二人を助けて・・・」
彼女の指差した先には、頭絡をつけただけの裸馬が小屋の軒下に繋がれていた。
マギーの二人を想う気持ちに、クルーは頷いた。
しかし、二人は深く沈んでしまっている。
ルチアナは空を見つめたまま、座り込んでいる。
その周りだけ、世界から切り離されたように儚い。
うつろな目は何も映さず、顔は仮面のように表情が無い。
心が死んでしまっているようだった。
このままでは、二人一緒には助けられないかもしれない。
クルーは、自分の膝で泣いているリズに呼びかけた。
「リズ。立つんだ」
リズは、繰り人形のように力なく頭を振り続ける。
「いやよ!兄さん、兄さんを追いかけなくっちゃ。どこかに行ってしまう・・・」
「いいから、早く立つんだ。あれはもうお前の兄さんじゃないんだ。しっかりしろ!」
「そんなことない、兄さんは誰かに騙されているのよ。あたしが救ってあげなくっちゃ・・・」
「リズ・・・!」
思わずリズの頬を、クルーは叩いていた。
「しっかりしろ!ルチアナを見るんだ。お前がしっかりしなくて、どうする?今はルチアナを護るんだ!ルチアナを護るのは、お前だけなんだろ」
リズは打たれた頬に手を当てて、呆然とクルーとルチアナを交互に見ていたが、やがて、うんと頷いた。クルーと一緒にルチアナを抱えて、立ち上がった。
マギーが背後で「お願い」と呟いた。
それを合図に二人は、馬目がけて走った。
再度、降り始めた飛礫をかいくぐり、馬にたどり着く。
「頼む、走ってくれよ」
クルーは馬の頚に額を押し当てて、小さく懇願した。
それが何かの儀式であるかのように、自然とそうしていた。
柔らかな栗毛の馬は承知と、その額の星を上下に揺らした。
急いでルチアナを前に、リズを後ろに乗せるとクルーは馬の腹を蹴った。
「リズ、落ちるなよ!」
嘶きながら馬は村の出口へと走ってゆく。
そこにも石が飛んでくる。
振り向くとマギーの制止も虚しく、村人たちが叫びながら、石を投げつけ、追いかけてくる。
足を捕られた彼女が群衆の波に消えてゆく。
マギー、無事でいてくれ・・・!
きっと前を見据えて、再び馬の腹を蹴った。
勢いを増した馬は出口を抜けて、真っ暗な街道を走っていった。

赤く染まった空。
燃えている村が小さくなってゆく。
もう追いつかないだろう・・・。
それでも、クルーは馬を駆っていた。
耳元で風が唸る。
「兄さん、あたしの兄さん。どうして?・・・どうしちゃったの?」
クルーの背中で、何度も呟くリズ。
涙が背中を濡らす。
ルチアナはクルーの胸に抱かれていた。
その顔は陶器の人形のように、冷え切っていた。
急がなくては・・・。
この道を下れば、リズの住む街のはずだ。
それまで・・・。
手綱を引く手が、急に見えなくなる。
「お前は自分を護るためだけに、記憶を失くした」
ルーレンスが目の前に現れ、クルーを指差す。
何を考えているんだ、集中しなくては・・・!
灯りを探し、闇に目を凝らせば凝らすほど、手元はぼやけ、その言葉が去来する。
・・・あぁっ!・・・。
恐怖で手綱を投げ出したくなるのを、リズの暖かさが引き戻してくれる。
二人を護らなければ・・・。
「はぁっ!」
クルーは絶叫したくなるのを何度も堪え、リズが住む街を目指すのだった。

<はじまりの焔> おわり
('05.05.26)

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