その少年は風景を見飽きたのか、ふいに車内に顔を向けた。じっと見ていたぼくと目が合った。
白い肌にくりくりとした大きな瞳の子だった。可愛らしいが知的な顔立ちだった。
少年はその大きな瞳をさらに大きくして、ぼくを見つめた。
ずっと見ていて悪かったかな?なんて思う間もなく、少年は、
「あぁー!」
ぼくのことを指さしながら、大きな声で叫ぶとぴょんと席を立って、ぼくの側に駆けよった。
床にひざまづくとぼくの手を取って、高揚した顔でまじまじと眺めた。
思ってもみなかった行動にぼくはたじたじ・・・。びっくりしすぎて、こう言うのがやっとだった。
「な、なんですか?ぼくに何か?」
ぼくの気も知らず、可愛らしい顔をさら真っ赤にして、
「ねぇねぇ、きみはうさぎの亞人なの?初めて見た〜!本物だぁ〜、かわいい〜!手もふわふわしてる〜。本の挿し絵よりかわいいね〜。」
なんて、嬉しそうにぼくの手をなで回す。
な、なんだ、この子は?!気持ちわる〜っ!なで方が尋常じゃない〜。
ぎぇ〜、ざわざわと全身に鳥肌がたっていく〜。
ぼくは絶えられなくなって、その手をぱっと払いのけた。
「やめてくださいよ。亞人なんて今時、珍しく無いじゃないですか!」
眉をしかめたぼくにきょとんとすると、すーっと顔から血の気が引いていった。
「・・・ごめん、ほんとに初めて見たんだ。ほんとにごめん・・・。」
少年はそう言うとうなだれて席に戻ろうと背中を向けた。その背中があまりにもかわいそうだったので思わず、
「あの・・・、一人なの?親は一緒なのかい?」と声をかけると少年は首を横に振った。
「そっか・・・、ぼくも一人なんだ。良かったらここに座らない?」
まだ鳥肌たっている顔をなるべくにこやかにして隣を指さすと、少年はうなずいて、自分の荷物を向かいの席から持ってきた。
小さいトランクが一つ。彼の荷物は杖とこれだけだった。
「あれ?水音が聞こえてきたよ?水の中を走っているの?」
ベンジャミンはトランクを席に置くと、暗くてよく見えない窓の外を覗き込んだ。
汽車は大陸一大きい湖、カン湖に入ったらしい。
「カン湖の上を走っているんだよ、この汽車は。線路が水の上に浮かんでいるんだよ。カン湖は大きいから、つっきったほうが近いしね。」
現に岸を回っていたら、一週間ぐらいかかるだろう。魔技術で線路を浮かせているおかげでほんの数時間で済む。
「へぇ〜、そうなんだ。それほど大きいのかぁ〜、カン湖って。地図だと大きさが解らなくて。本のさし絵にはないんだよね、湖って。水たまりのすんごく大きいのだってはわかるんだけど。う〜ん、見たかったなぁ〜、暗くて全然見えないや、残念。今度は明るいときに通りたいなぁ〜」
彼は真っ黒い車窓を恨めしそうに見ながら、ぼくの隣にちょこんと座った。
彼を横目で見ながら、ぼくの頭の中は?マークがぐるぐると回っていた。
今、変なこと言ってたよね・・・、本のさし絵がなんたらって。そりゃ、湖見たことない人はたくさんいるだろうけど、比べるのが水たまりって・・・。せめて沼とか・・・、もう少し大きく・・・。
さっきはいきなり飛びついてきて、小さな子供みたいだったし。
最初の近寄りがたい雰囲気はどこにいっちゃったんだろ?変な子だなぁ。
?マークでおぼれそうになって、ふぅとため息をついた。
それにぼくはこれでも君の倍は生きている。
見た目じゃわからないからいいとはしても、初対面なのに敬語の1つも無いみたい・・・、とほ。
近頃の若いものは、全く・・・、・・・。
次のため息を消すかのように、水音がざあぁーと静かな車内に響いていった。
「ぼくはジロサ。見ての通り、うさぎの亞人だよ。商いをしながら、いろんなところを回っているんだ。きみは?」
「ぼくはベンジャミン、ベンジャミン=サキ。一応、魔法使い・・・。ここからずーっと西のプリスって街の出身。・・・わけあって、一人で旅してる。」
これからしばらくは旅の仲間同士らしいのでお互いに自己紹介。ぼくは言い終わると黙ってしまったベンジャミンを見上げた。
彼はしばらくうつむいていたがきゅっと口を結び、決したようにぼくの方に向き直った。
その顔は白く青ざめて、瞳だけが凛とした光をたたえていた。
「ジロサは世界中を旅しているんだよね。あの・・・、噂を聞いたこと無い?人を探しているんだ。」
「どんな奴?」
呼び捨てに少しむっとしたけど、彼の真剣な顔の前には黙っている理由はなかった。
「・・・25才くらいの男。白銀の長髪で背も高く、魔法使いなんだ。それもかなりレベルが高い。」
「ふ〜ん、白銀の髪の男ねぇ。」
ぽりぽりと頭をかきながら、記憶の引き出しを急いで開け閉めした。行商をしていると街の噂はたいてい耳に入ってくる。
「・・・そういえばこれから行く東の街の話を聞いたよ。火事があったんだ。」
火事と聞いた途端、ベンジャミンの身が強ばった。次の言葉を聞き逃すまいとぼくを見つめている。
「そこは魔術と剣術の学校で優秀な学生がたくさんいるって有名で、特に大学と大学院は世界を代表するエリートばかりが集まるんだってさ。そこが全焼したんだ。・・・そしてほぼ全員助からなかったんだって。助かったのは2人きり。その内の1人が長身の銀髪の男だったそうで・・・。」
ベンジャミンがすごい勢いで立ち上がったのでびっくりした。その瞳は怒りで燃えていた。握りしめた拳が震えていた。
「そいつだ!どこに行ったかわからない?!」
彼の剣幕に舌がもつれそうになる。
「い、いや。そいつはすぐにいなくなったって。」
その言葉でがっくり頭を垂れたベンジャミンは「・・・そっか・・・。」とそれだけ言った。
「・・・そいつがきみに何かしたのかい?」
何があったのだろう?ただごとではない彼の沈み方に不謹慎かな?と思いつつ、興味津々で尋ねた。
彼はこくりとうなずき、うつむいたまま続けた。
ぼくの興味はすぐに後悔に変わった。 それは悲しく暗い声だった。
「ぼくのおじいちゃんのかたきなんだ。おじいちゃんも今の話と同じように火事で死んだんだ。いや、殺されたんだ。火をかけられて・・・。ぼくはその時、そこにいなくて助かったんだ。」
「え・・・。殺された?」ぼくは思わず息を飲んだ。
彼を見上げると遠い記憶を見ている瞳に悲しい影が浮かんでいた。
ぼくはいつも考える。
彼はこの時、どうしてこんなに大事な話を会ったばかりのぼくに話したんだろう・・・。
ぼくが理由を聞いたからといっても話さなくてもよかったはず。
今まで誰にも話したことはなかっただろうに・・・。
ぼくがこんな容姿で話しやすかったから?話しかけたから?情報をくれたから?
それでも話してくれてよかった。幼い身には辛すぎるよ・・・。
「・・・うん、殺されたんだ・・・。」
ベンジャミンはのろのろと席に身をうずめると語り始めた。
悲しい思い出を・・・。
('03.02.26)
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