「ぼくのおじいちゃんはね、昔は五本の指に入るっていうくらいの大魔法使いでさ、引退してからは、街の小さな魔術学院の学院長を勤めていたよ。」
ベンジャミンはさっきとはうってかわって、穏やかに頬をゆるめて話し出した。
思い出を語る瞳はきらきらと輝いていた。
「見上げるほど背が高くてね、真っ白いひげがこれまた長くてさ。・・・ひっぱってよく遊んだっけ、ふふっ。すんごくやさしくって・・・、尊敬していたし、大好きだったよ・・・。」
ぼくは静かに彼の言葉に耳をかたむけていた。
水音が静かに車内を潤していく。車窓は相変わらず、真っ黒い水面ばかりを映していた。
「"ぼくの"と言っても”育ての”だけどね。ぼくは捨て子、学院の入り口に捨てられていたんだ。」
それでも彼はにこっとすると、親なんていなくても、全然寂しくなかったよ。と笑う。
「おじいちゃんがとってもかわいがってくれたんだ。”今まで、子育てなんて縁がなかったから、お前を育てるのは老齢には酷だったよ”って苦笑してさ。」
ベンジャミンの顔からくすくすと笑みがこぼれる。
「ぼくたちは学院の宿舎に住んでいて、街には出なかったから、子供のための本やおもちゃなんて、手に入らなくてね。仕方なく、おじいちゃんは絵本代わりに難しい魔術書ばかり読んでくれたよ。小さいときは全然理解できなくて、泣いて困らせたみたい。へへっ。」
彼は照れながら、頭をかいた。
「おかげでしらないうちに魔法が使えるようになってて、大魔法使いだったおじいちゃんから魔術を教えてもらっていたら、いつのまにか魔法使いになっちゃった。おじいちゃんも”自分の孫がこれほどの魔法使いになるなんてのぅ”ってぼくの頭をなでてくれたっけ・・・。」
彼は上を仰ぐと”すごく嬉しかったなぁ”と懐かしむように、言葉を噛みしめた。
「先生たちや学生さんたちも人数こそ少なかったけど、優秀でいい人ばかりでさ。みんな、ぼくのこと可愛がってくれたよ。・・・幸せだった。ぼくはおじいちゃんと学院のみんながいれば、それで良かったんだ・・・。」
「あいつがやってくるまでは・・・。」ベンジャミンは顔を曇らせて、言葉を続けた。
「・・・半年くらい前に、学院にあいつがやってきたんだ。もうすでにあいつはすごい力の魔法使いだった。でも、さらに上を目指すために、老師を慕ってきましたと言って・・・。」
彼の瞳は光を失い、再び暗い影が降りた。
「白銀の髪が青白く整った顔に神秘的な影を落とし、細身の体に白い衣を纏ったあいつは恐ろしいくらい美しかった。穏やかな声と優しげな笑みで語り、大魔法を見せるから、みんなはあいつに魅了されていったよ・・・。」
彼は頭をふりながら、信じられないと言った顔で、
「おじいちゃんまで”彼は将来ある身だから、丁寧に教えなければな”と言って、あいつに夢中になってた・・・。ぼくは反対したんだ、学院に入れちゃ、ダメだって。何度も何度も!あいつに恐ろしいものを感じたから・・・。やさしい笑顔から、ほんの一瞬見せた、あの冷たい瞳に恐怖を覚えたんだ・・・。」
と言うと、がっくりと頭を垂れた。
ベンジャミンは手を膝の上に組むと、さらに続けた。
「そんな時に、ぼくは用事を頼まれて、隣町の寺院へ出かけることになった。学院の外に一度も出たことが無かったから、とっても嬉しかったんだけど、胸騒ぎがして、しょうがなかった・・・。」
組んだ手をさらに強く握りしめる。
「おじいちゃんに”くれぐれもあいつには気をつけてね”と言ったんだけど、笑って聞いてくれなかった。”それよりもお前の方が心配じゃ”って、馬車が見えなくなるまで、手を振ってたおじいちゃん。・・・それがぼくがおじいちゃんを見た最後だった・・・。」
彼の声は消え入りそうに小さく、小さくなっていった。
「ぼくが出かけたその夜、学院から火が上がったんだ。一晩中燃えさかり、街の人たちの消火活動も間に合わないくらい強い炎。火の手は高く上がって、赤く、空を焼いているようだったって・・・。」
ベンジャミンの声は震えていた。帽子の飾りがそれに合わせて、ちりちりと音をたてた。
「学院が全焼したって知らせを受けたのは、次の日の昼だった。馬車を駆って、ようやく着いた時はもう2日も経っていた。学院は全てが灰になっていて、ひどい有様だった・・・。これは普通の火じゃないって思ったよ。・・・魔法の炎だって!」
「誰も・・・、だれも生き残ってなかった・・・。」
膝に置かれたベンジャミンの手が細かく震え出した。
ぼくは思わず、その手にそっと自分の手を重ねた。
「みんなの遺体は黒く焦げただれていて、区別がつかないほどだった・・・。」
彼の大きな瞳からぽとんとしずくが落ちて、ぼくの手を濡らした。
「でも、おじいちゃんのことはわかった。右手が魔法の大杖を握っているような形を留めていたんだ。最後まで闘っていたんだって思った。・・・誰と?はっとして、遺体を安置している部屋を見回しても、あいつらしき死体は無かった・・・。その後、燃えさかる学院の中に白い人影があったことを聞いた。その影はそこを一瞥しただけで去っていったって・・・。」
「ぼくは確信した。あいつだ、あいつがやったんだって!・・・許せなかった。みんなを、おじいちゃんを・・・!」
声を荒げたベンジャミン。
彼の頬を一筋、涙がつたった。ぐいと自分のこぶしでぬぐうと、見開いた瞳に炎が宿った。
「だから、ずっと、あいつを追ってる。絶対、見つけて倒してやる!」
ベンジャミンは話し終わっても、怒りで震えていた。
ぼくは彼が落ち着くまで待っていた。重ねた手から怒りと悲しみが痛いほど伝わってくる。
ぼくは聞くことしかできない自分がもどかしくて、しようがなかった。
なんて言葉をかけていいかわからなくて、ただただこうしているしかなかったんだから・・・。
声をかけようか、迷っていたその時・・・。
('03.03.06)
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