ばっしゃーん!
突然、大きな水音とともに汽車が横に大きく揺れた。
そのひょうしにぼくは席から転げ落ちた。
窓には激しく水しぶきがかかっている。
「わ、わ!な、何っ、地震?!きゃぁ〜!」
それがおさまるとさらに強く縦に横に、それはもうめちゃくちゃ(!)に揺れるようになった。
何かにつかまっていないと、床や壁にぶつかっちゃう!
ぼくは目の前にあったベンジャミンのコートのすそに掴まった。
「ベンジャミン、大丈夫?」
見上げると、彼は窓枠にしがみついていた。
「うん、何とか〜・・・。う、うわ〜!ジロサ、どうなってんの、これ〜?」
揺れが止むと、車内はぎしぎしときしみながら、急な坂でも登っているかのように、傾斜し始めた。
ぼくたちの足がしだいに床から離れていく。
ついには床は垂直に立ってしまった。まるで何かで吊られているみたい・・・。
ひぇ〜、出入り口が上と下に見えるよう〜。
荷物や掴まっていなかった人たちが吸い込まれるように下に落ちていく。
壁や床に打ちつけられて、気を失う人もいる。
悲鳴や物が壊れる音があちこちで響いていた。
ジジッと音がして、車内の明かりが消えた。配線が切れたのかな。
窓から差し込む月の光だけが頼りになってしまった。
外からの明かりはぼくのリュックやベンジャミンの荷物を映し出していた。
かろうじて、出口のすぐ脇の壁に引っかかっている。
ふぅ〜、良かった。あれ無くなっちゃうと商売上がったりだからなぁ〜。
・・・なんてふけっている場合じゃなかった!
「う〜、しんどい、落ちちゃうよ〜。ジロサ、重いぃ〜!」
あ、やっぱり・・・?ぼくたちも宙ぶらりん状態でした・・・。
ベンジャミンは細い窓枠に指をかけて、ぶら下がっていた。
彼のコートにぼくがぶら下がっているんだから、重いよね・・・。
汽車の動きに合わせて、ぼくたちの体が揺れると彼は辛そうな息を吐いた。
「ごめん、ちと待っててっ!」
降りられるかなぁなんて、下を見ると・・・、ぞぞっ!た、高いっ!
足元から下は飛び降りられるような高さでは無くなっていた。
しかたなく、ベンジャミンのコートを綱がわりにえっちらおっちら肩のあたりまで登っていくと、手を伸ばして、窓枠に足をかけた。
・・・はぁはぁ、ちょっとしんどい・・・、運動不足かしら。
でも、ベンジャミンの方がしんどいんだ・・・、がんばらねば!
窓は両手で上に持ち上げるタイプのもので、ぼくは上の方の金具に手を掛けた。
「よしっ、この窓開けよう!ベンジャミンは下の金具をお願い。何とかなりそう?」
「・・・やってみるー・・・。くぅ、ふんばれないよぅ〜・・・。」
二人で”せーの”で横へスライドさせる。
これがまた重いのなんのって・・・。
2回目でやっと、がっちゃんと重い音をたてて、窓は開いてくれた。
「ベンジャミン、ここに登れる?」
「うん、やってみる〜。」ベンジャミンは手を窓枠にかけ直すと力を振り絞って、体を持ち上げた。
はぁはぁと荒い息で体を返すと、やっとのことで窓枠に腰をかけた。
「はぁ〜、辛かった〜、手が痛いよぅ〜」
彼は上の壁に手をつけて、バランスをとりながら、痛そうな手をかわりばんこに振っていた。
彼の横顔にほっとしながら、ぼくもベンジャミンにつかまりながら、腰をおろす。
「しっかし、どうなってんの?これ・・・」
ぼくは悲惨な車内の様子を汗をふきふき見ていると、
「ジロサ、見て、あれ!!」と車窓から身を乗り出していたベンジャミンが大声で怒鳴った!
彼が指している方向に目をやると、月の光に照らされて鈍く光る深緑の大きい鱗らしきものが飛び込んできた。
げ、げげっ、モンスターだ!うそ〜、何で〜?
その鱗だけでも大きいのに、それがわさわさと無数に貼り付いているものはさらに大きく(いや、太く!)、まるでヘビの腹のようにてらてらと輝いている。
おそるおそるその腹を上へ辿っていくと、にょきっと唐突に腕が生えていた。
その先の手の中には、へ、汽車・・・?
なんてこと!ぼくたちの汽車はこのでっかいモンスターに捕まっていた!
さらに月夜に浮かぶ黒く巨大なシルエットを上へと辿っていく。
たてがみ、角、そして、大きく牙をむいた口。その口からはだらしなく唾液が垂れている。
そして、頭には大きい何かが赤く光を放っているのが見えた。
・・・あれは目だ。
「ひぇ〜、なんてでっかいモンスターなんだ!・・・ん?ちと待てよ。あれって、”カンジャ”じゃないか?」
そう言えば、マーケットで聞いたな”カンジャ”のこと。
カン湖に棲んでいるドラゴン系のモンスターで、水をたたえたように澄んだ青い瞳と深い緑の鱗で覆われた美しい体を持ち、体長は小さなものでも20メートルをゆうに超すと言う。
しかし、大きい体に似合わず性格は温厚で、乾期には雨を降らせるなど、人間達と共存しており、この湖の主として崇められているそうだ。
だけど、これまで汽車が襲われたことは無いって言っていたのに〜・・・。
ぼくのパニックも知らず、ベンジャミンたら、うきうきとした笑顔で、
「うわ〜、あれがドラゴン?初めて見た〜、わぁ〜い、らっきぃ♪」
なんてきゃっきゃしてる・・・。
き、気が抜ける〜・・・。
・・・おいおい、そんな場合じゃないと思うんだけど・・・。
カンジャはその長〜い胴体をゆらめかしながら、まるでおもちゃで遊んでいるかのように、汽車を持ち上げていた。
ぼくたちの車輌は、カンジャの手元近くにあって、かなり高い所まで持ち上げられてしまっていた。
下のほうに目をやれば、はるか遠くにきらきらと光る水面が見える。
線路からはずれた車輌のいくつかが、水中に沈んでしまっていた。
・・・うわ〜、や、やばいよ。ここもいつ、危なくなるかわからない〜、うぅ、どうしようぉ〜・・・。
もし、今のぼくたちを見ることが出来た人がいたら、なんて対照的な二人だろうと思うだろう。
ベンジャミンは嬉しそうに頬を紅潮させていたし、ぼくは恐怖で顔が青ざめていたんだから・・・。
また大きく揺れて、落ちそうになる。
振り回すなよ〜、これはおもちゃじゃないんだってばっ!
とにもかくにも。
「これ以上、ここにいるのは危ないよ。早く逃げないと!」
言ったはいいけど、どうしよう〜・・・?
中も外も飛び降りるには勇気のいる高さ。
・・・うぅっ、怪我覚悟で飛び降りるしかないの〜?
きょとんとしているベンジャミンの顔を見ながら、そんなのダメだって思った。
この子を逃がすには、どうしたらいいんだろう・・・?
ぼくが困り果てていると、ベンジャミンは左手の人差し指と中指を立てて、口に当てるとぶつぶつと何かつぶやいた。
そして、下の方にころがっている杖に向かって、右手を突きだした。
すると、不思議なことに杖は独りでに立ち上がり、彼の手めがけて、ひゅんと飛んできた。
彼はぱしりと小気味良い音を立てて、それを受け止めるとくるんと一回転。
そのまま上に突き上げると、
「このままだと、ラチが開かないから、あれ、やっつけていい?」って、にっこり。
「はぁ・・・?なに言ってるの?」・・・やっつけるって、何を・・・?
「大丈夫だって、まかせといて!」とぱっちりウインクで決めると、彼は唖然としているぼくを背負うと、窓から躍り出た。
('03.03.14)
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