:: 白い影 ::
文と絵:娘子

<5>
攻撃魔法発動!!

「きゃあ〜、落ちてる、落ちてるよ〜!」
ぼくたちはものすごい速度で水面へと落ちていく!
ベンジャミンのコートが、落下の風圧でばたばたとはためく。
つかまっているだけでせいいっぱい!
わわっ、水面が近づいてきたー!
も、もうダメだ〜!思わず、ぎゅっと目をつぶる。
ベンジャミンは指を唇に当てて、
「重力の束縛を解き放せ、フライ!」と杖を自分に向けて、振った。
急に頬に当たる風が止んだ。
ふわりと浮く感じがして、ぼくはおそるおそる目を開いた。

あ、あれっ?!落ちてない!と言うか・・・、浮かんでる〜?!
まわりを見渡せば、す、すごい、360度の大パノラマ〜!
ぼくたちを遮るものは、何にも無い(ま、カンジャは別として)。
気持ちいいくらい、遠くまで見える〜。
下を見れば、う、うわぁお、た、高いっ!足の下に水面が見えるよ〜。
すごい、すごいっ!て、ずーっと感動していたかったんだけど、でっかいカンジャが目の前にばーんとそびえていたので、我に返った。

「こ、これって、浮いてるの?」
背中からのぞきこむと、ベンジャミンはにこっとして、
「うん、そうだよ。でも、しっかりつかまってて。ジロサには軽くかかってるだけだから。」
って、ものすごいことをさらっと教えてくれた。
あ、そう・・・。もちろん、ぼくはコートにぎっちりつかまった。
でもでも、初めて見たよ〜、生魔法!すごい、感動ぉ〜。
魔法つかいって言ってもまだ子供だから、ムリかなーって思ったけど、ほんとにあいつをやっつけちゃうのかも〜。
わお、ぼくのほうがわくわく、どきどきする〜!
魔法つかいの証の杖が月に照らされて、誇らしげに輝いていた。

カンジャはまだ、ぼくたちには気がついてないみたいだった。
改めて見ると、何とも異様な光景だった。
カンジャはだらしなく開いた口から唾液を垂れ流し、子供のように汽車をぶんぶん振り回して楽しんでいる。
この光景を見れば、誰もこれが湖の主として崇められているモンスターだなんて信じないだろう。
「さてと、どうしようかな?手っ取り早く、これかな?」
ベンジャミンは杖を振り上げると、呪文を唱え始めた。
「雷神よ、悪しき者に、天の裁きを!サンダー・・・」
え、えぇっ?!サ、サンダーって・・・。
何をしようとしているか、素人のぼくにも解るぞっ!
思わず、振り上げている手にしがみついた。
「ち、ちょっと、ストップ、ストップ!汽車はどうするの?まだ、中に人がいるんだよ。」
「あ、そっか!忘れてたぁ〜、えへへ。じゃ、離してもらおうね〜。」
彼は照れて笑うと、頭をかいた。
無邪気に笑う彼に、ぼくはくらくらしてきた。
忘れないでよぅ〜。さっき、すごいって言ったの撤回・・・。
・・・やっぱり、この子、とんでもなく危ない〜。

彼はやり直しとばかりに、呪文を唱えた。
「炎よ、汝の怒りを矢と化して放て、ファイヤーアロウ!」
杖をカンジャに向けると、汽車を持っている手に燃えさかる火の矢が連なって当たる。
でも、そこはでかいだけあって、あまり効いてないみたい。
かゆいなぁ〜って感じで、片方の手でぽりぽりとかく。
「あれ?効いてないのぉ〜?むっ、変だなぁ〜。じゃ、もう一度・・・」
眉間に小さなしわをよせたベンジャミンが同じ所めがけて、魔法をかける。
さっきより大きな火の玉が当たる。
今度は効いたみたい。ぎぃえぇぇ〜と耳をつんざくような悲鳴が、空気を振るわせる。
でも依然として、汽車はそのまま。

カンジャはあちこち見渡すと、痛みの原因を作ったぼくたちを見つけて、巨体をゆっくりとこちらに向けた。
赤く光った瞳が、さらに輝きを増している。
うわわ、やばいんじゃない?かな〜り怒っているみたいだよ・・・。
ぎぃぇぇぇ・・・と甲高い声で一吼えすると、唾液がまとわりついている口をさらに大きく開けた。
その口から何か勢い良く飛び出してきた。・・・それは大きな水の塊だった!
「うわっ、水弾だっ!」
すんでのところで避けると、間髪おかずにベンジャミンはもう一度、呪文を唱える。
杖からほとばしる火の玉は、さっきと同じところに当たった。
これにはカンジャも耐えられなかったらしく、奇声を上げながら、汽車を離した。
ベンジャミンは早口で何か唱えると、杖を汽車に向ける。
すると、汽車は水に沈んでいた車輌までも湖の上に浮かび、空を走っているがごとく、その場に止まってしまった。
「うわぁ〜、すごいっ・・・。さっきのやつ?」
「ん、そう・・・。線路に戻したいな。どこだろ?う〜ん、暗くて・・・見えない・・・や・・・。はぁ、はぁ・・・、変だな?なんか、しんどくなってきた・・・。」
月の光を浴びた彼の額には大粒の汗が光っていた。
そういえば、一度にこんなに魔法を連発するなんて、かなり消耗するんじゃ・・・。
しかも子供なんだもの、どんなにか・・・!
「ムリしないでいいから、ベンジャミン。」
彼は何を?という顔で振り返ったが、すぐ、前を見据えた。
「・・・見て、おしゃべりしてる場合じゃないみたいだよ。」

汽車を奪われたカンジャは、狂ったように暴れ始めた。
めちゃくちゃに、水弾を何発も連射する。
その度に悲鳴を上げながら、避けるぼくたち。
ちょこまかと逃げるぼくたちにカンジャは焦れてきたのか、しまいには大きく体をよじるとこちらに向かって、尾を振り抜いた!
大きな物体が、ものすごいスピードで鼻先をかすめていく。
なんとか避けたものの、その風圧に耐えられずに、バランスを崩すベンジャミン。
「わ、わ、しっかり、ベンジャミン!がんばれっ!!」
「く・・・っ!」
ぼくも怖くて、さらに力を入れて彼の背中にしがみつく。
そうすると、困ったことに彼の重心がさらに崩れる。
その隙を狙って、水が飛んできた!さすがに避けきれず、まともに食らっちゃった!
「きゃぁ〜、水がっ!」
「うわ〜っ!」
水の勢いそのままに、ぼくたちは飛ばされていった。
ぶくぶく、息が出来ない〜っ!
水が切れると、やっと止まることができた。
かろうじて、浮かんでいたが、全身びしょぬれ・・・。
「げほっ、げほ!水飲んじゃった、うぇ〜。大丈夫、ベンジャミン〜・・・。」
「うん、大丈夫〜・・・。あぁ〜、びしょびしょ〜。本に出てくる魔法つかいみたいに、最後までかっこよく決めたかったのに〜・・・、ちぇ〜。」
って、しょんぼりするベンジャミン。
・・・大丈夫と言うか、元気だね、良かった・・・。

水で重くなったコートを絞ってあげながらカンジャを探すと、かなり離されてしまっていた。
カンジャは汽車に向かって、のそのそと水の中を進んでいるところだった。
しっかし、何であんなに執着しているのだろう?
少し近づいても、ぼくたちに気づく様子もない。
「させるか!これで最後だっ!」
ベンジャミンはすーっと深呼吸をすると、大きく杖を振りかぶって、呪文を一つ。
「雷神よ、悪しきものに、天の裁きを!サンダーソード!」
杖から天に向かって、光が伸びていく。
カンジャの頭上にどこからともなく黒い雲が渦巻いてくるとその中心から、ずすーんと大きな音を轟かせて、雷柱が落ちてきた。
その大きさたら、カンジャがすっぽり隠れてしまうくらい。
光の洪水に辺り一面、真っ白になる。
ぼくもベンジャミンも眩しさに、目を開けていられない。
なんとか目をうすく開けると、大きな光の中に苦しそうにもがくカンジャのシルエットが見えた。
しばらくすると、光は闇へと吸い込まれていき、目を再び開けることができた。

湖は月の光をたたえて、何事も無かったように静まっていた。
ただ、違うのはカンジャの体。
バチバチとその体をくまなく走る電流の蛇。
ビリビリと回りの空気にまで、電気が走っていく。
カンジャは感電にしばらく苦しそうにのたうち回っていたが、ついに直立して、動かなくなった。
そして、カンジャの巨体はゆっくりと湖に吸い込まれるように傾いていく。
しかもおめでたいことに・・・。

「うわ〜、こ、こっちにきたよ〜、ベンジャミン!ぶつかっちゃう〜!」
カンジャのおっきな影がさらに大きくなりながら、こちらに迫ってくる。
焦りながら、ぼくはベンジャミンをのぞきこんだ。
彼は苦しそうに息をついて、
「はぁ、はぁ〜・・・。もう限界〜・・・。」と、瞼をゆっくり閉じた。
「へっ、ベンジャミン?」
う、うそっ?!いわんこっちゃない!魔法の使い過ぎなんだってば〜!
力つきた彼はとうとう、気を失ってしまった。
ゆっくりと傾いていく体。もちろん、魔法も切れるので・・・。
「お、落ちる〜。起きろ、ベンジャミン!目を覚ましてよ〜。」
ぼくは彼を起こそうと、呼びかけたり、たたいてみたりとがんばってみたけど、全然ダメ。
閉じた瞳はそのまま・・・、なので。
「きゃあぁぁ〜、落ちる〜!」
当たり前だけど、重力には逆らえずに、まっさかさま〜!
上はカンジャが、下は真っ黒い水面が見る間に近づいてくる。
今度こそ、もうダメだ・・・!
ぼくは大きく息を吸い、彼を離すまいと、コートをつかんだ手にぎゅっと力を入れた。

どっぱ〜ん!
水は冷たく、ぼくたちの体を刺していく。
暗く青い水の中は、まるで生ける者がいないように静かだった。
ぼくは入水の衝撃で、せっかく吸った空気を吐き出してしまい、苦しくて、意識が遠のいた。
・・・ベンジャミン、大丈夫・・・か・・・な?
薄れゆく意識の中で最後に見たのは、コートをつかんだ手と、その先にあるベンジャミンの顔だった・・・。

その後、大きな水音が二つ聞こえたような気がしたけど、覚えていない・・・。
('03.04.03)

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