:: 蒼い森の少女 ::
文と絵:娘子

<3>
あたしは身を乗り出した。

「リズ、明日は出かけようか?」
とっぷりと日も暮れて、やっと教会から帰ったお父様は、あたしをこっぴどく叱ってから、そう言った。
エルザったら、いつまで待っても、あたしが家に戻ってこないと涙ながらに訴えたらしい。
うそばっかり。心配なんてしてないくせに!
ひどいことされたって、あたしが言っても、お父様はちっとも取り合ってくれない。
逆に、心配かけるなって怒られてしまった。
あたしを探してくれたのは、ばあやだった。
真っ暗になって、降りられなくなったあたしを迎えに来てくれた。
ばあやだけよ、あたしを心配してくれるの。
やさしいばあや。
すっかり年を取って、顔も手も皺くちゃだけど、いつもあたしのところに飛んできてくれる。

「どこに?」
居間に向かうお父様の背中に、ぶっきらぼうに言葉を投げた。
お父様はいつもの席にゆったり座ると、煙草に火をつけた。
「北にあるハイウェンドという村だよ、ご用があってね。リズにも会ってほしい人がいるんだよ」
「あたしに?どんな人?」
びっくりしているあたしを横目で見ながら、
「ふふ、内緒だよ。だけど、リズは喜んでくれると思うよ」と煙越しに、微笑んだ。
「喜ぶの、あたしが?」
「そうだよ、少し遠いから、明日は朝一番で出るよ。だから、今日は早く寝なさい」
それ以上せがんでも、お父様は微笑むだけで、何も言ってくれなかった。
あたしはベッドに入るまで、そのことで頭がいっぱいで物を落としたり、することを忘れちゃったりして、エルザに何度も怒られた。
ベッドに入ってからも、やっぱり気になって、眠れそうになかった。

ランプを持ちに部屋へ来たばあやが、ふふふと笑った。
「リズ嬢さまは嬉しいのね。町の外に出るのは久しぶりですものねぇ」
そうなの!と、あたしは飛び起きた。
「ねぇ、ばあや。あたしに会って欲しい人って誰なんだろう?わくわくして、とても眠れそうにないわ!」
一瞬、目の前を黒い物がよぎって、そんな気分がみるみる消えていった・・・。
「 ・・・でも、その人も町の人たちと同じで、あたしを変な目で見るのかな。だったら、会わなくても・・・」
ばあやは、うつむいてしまったあたしの肩をやさしく抱いてくれた。
「リズ嬢さまは、そんな心配しなくてもいいんですよ。お父様がああ仰られているのなら、お会いになられる方は、きっといい方でしょうよ。さ、もう遅いから、横になって。そう、ぐっすり眠って。明日のためにね」
うんとうなづいて、ばあやが掛けてくれたやわらかいケットにくるまった。
「おやすみ」
「おやすみなさいまし」
ランプの明かりがドアの外に消えて、部屋が暗闇に包まれる。
明日はきっと、いい日。・・・きっと。
ゆっくりと瞼を閉じて、大きなベッドに小さくなって、眠った。


次の日は、ぴかぴかの晴れだった。
小鳥たちが、今日を祝福するみたいにさえずっている。
ベッドを飛び降りて、カーテンを開けると眩しい光がいっぱいで、目がつぶれそうだった。
窓を開けて、下を覗き込むと玄関先には、もう馬車の準備が出来ていた。
少し小さめだけど、2頭立ての箱型馬車。もちろん、うちの物。
馬たちもよく手入れされていて、鬣が朝日を受けて、輝いている。
それよりも、問題は御者・・・。
御者は、乗り合い馬車の人だった。
執事のリアントに頼めばいいのに〜、いやだなぁ・・・。
でも、家をからっぽにするわけにはいかないから、しょうがない。
なんといっても、今日は久々のお出かけ。がまん、がまん。

寝間着のボタンを外して、ベッドに放り投げると、呼び鈴を鳴らす。
朝の挨拶とともに入ってきたばあやに顔を拭いてもらって、ワンピースを着せてもらう。
選んだのは、木綿のワンピース。
ピンクの生地の上にオーガンジーの薄い生地が重ねてあって、下の色が薄く透けて見える。
パフの袖、ハイウエストのスカートにはたくさんのギャザー。
一回着てみたかったの、これ。
チェストには、教会に行くためのドレスが並んでいるけど、一度も袖を通したことはない。
だって、教会になんて行かないから。
・・・行ったって、いやな思いするだけ。
だから、こんな時でないと、着ることがない。
ばあやはあたしの赤毛にくしを入れ、二つに結びながら、
「かわいらしいですこと。今日会う方が見たら、きっとリズ嬢さまのこと、好きになってくれることでしょう」なんて、嬉しいことを言う。
大丈夫かしら?ほんとに気に入ってもらえるかしら・・・?気に入ってくれますように!
もう、胸がどきどきしてる。
髪にリボンを結んでもらって、震える手に帽子と籐かごを持って、部屋を出た。

階段を下りると、台所でエルザが朝の支度をしているところだった。
「おはようございます、アリシア嬢さま。旦那様が朝のお勤めをしたら、すぐ出るそうです。早く食べて下さいね。」
あたしがむっとしながら席につくと、エルザが眉間にうっすらと皺を寄せながら、紅茶をついでくれた。
つぎ終わると、ぶつぶつと聞こえないくらいの声で何か言いながら、台所に戻っていく。
きっと、あたしのカッコが気にいらないんだわ。
あたしは、バターとジャムを塗りたくったパンにかぶりついた。
大事な人に会うっていうんだから、いいのよ、このくらい。ばあやはかわいいって言ってくれたモン。
紅茶にミルクをたくさん入れて、ごくごく飲んだ。

「ただいま、アリシ・・・じゃなかった、リズは起きているかい?」
教会から帰ってきたお父様は、足を引きずるように食堂に入ってきた。
「結界」を張ってきた後は、とても疲れるみたい。朝はいつもぐったりとしたお顔をしている。
「おかえりなさいませ。今、お食事の最中ですよ。旦那様、お食事はいかがいたします?」
「少しもらうか。リズ、もう少しお行儀よく食べなさい。口の回り、すごいぞ」
エルザに食事の用意をさせながら、あたしにおはようのキスをして、向かいの席に座る。
椅子に身を投げるみたいに、どすんって。
今日はよっぽど大変だったみたい。
「おはよう、お父様。今日はいい天気ね。ねぇ、お父様は町を出てもいいの?結界って、お父様がいないとダメにならない?」
「あぁ、大丈夫さ。一度念を送っておけば、一日は持つからね。それより、口のまわり!」
ナプキンを取ると、ごしごしと乱暴にあたしの口をふいてくれた。
いつもはあたしのことほったらかしにしてるお父様が、こういうことしてくれるのが好きだった。
痛いなぁって顔しながらも、嬉しくてしょうがなかった。

食事を済ますと、お父様と一緒に馬車に乗り込んだ。
案の定、御者は、あたしのことを眉をしかめて見ていた。
うぅ、せっかくのお出かけなんだモン、こんなことでめげないっ。
顎をつんとめいっぱいとがらせて、出来る限り優雅に乗り込んだつもり。
「旦那様、お嬢さま、いってらっしゃいませ」
執事の言葉で、馬車は動き出した。
見送りに出ていたばあや達が、小さくなっていく。
これから、どんな人に会うんだろう。
その人はあたしを見て、なんて思うんだろう。
窓から顔を出すと、風が髪を撫でていく。
それが、とても気持ちよかった。
がらがらと音を立てて、馬車は町を抜け、北の街道を進んでいった。

その村へは、森を走る一本道だった。
街道とは名ばかりの、細く、石がむき出しになっている、がたがたのひどい道。
この馬車が通るので、せいいっぱい。
轍も深くえぐられていて、馬車が軋む度、体が放り出されそうになる。
道の両脇にそびえる木々は見上げるほど高く、朝だというのに、ほんの少ししか光が射さない。
奥は、目をこらしても、真っ暗で何も見えない。
「何か出そうなくらい暗い森ね。怖いわ・・・」
「大丈夫だ。父様がいるから」
うんとうなづいて、向かいに座っているお父様を見上げる。
紫色の煙をくゆらせたお父様は、いつもよりいい背広を着ていた。
「そうだ、村には弓の名手がいるんだ。会ってみるといい。一つくらい自分の守る力を身につけるのも大事だぞ」
「・・・うん」と返事はしたけれど、全然乗り気じゃない。
あたしは、お父様みたいに魔法が使えない。
たとえ、武術を使えるようになっても、武器に守護精霊の魔法すらつけられないのよ。
あたしは、魔術も武術もやりたくない。
だって、習うには町の人に会わなくちゃいけない。
そしてそこには、あたしを突き刺す目がたくさんあるから・・・。

しばらく行くと、川のせせらぎが聞こえ始めた。道の脇に小川が走ってる。
「きれい〜、きらきらしてる」
水面に、木々の間から射すわずかばかりの光が反射して、眩しい。
「お前も知っているだろうが、一年くらい前、この川で亡くなった人がいる。雪解け水が鉄砲水になって、あの村を襲ったんだ。それで二親を一度に亡くした子がいるんだよ」
お父様はそこで言葉を切ると、煙を吐き出して、窓の外に目を移した。
「ほら、見えてきた。あれがハイウェンド村だよ」
「あれが・・・!」
お父様が指差した先を見ようと、あたしは窓を開け、身を乗り出した。
('04.01.09)

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