:: 蒼い森の少女 :: 文と絵:娘子 <4> |
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そこは、深い森に抱かれているような村だった。 小さな村は今にも、枝を大きく伸ばした木々に覆いつくされてしまいそう。 むせるほどの緑。 光の射し方で青くみえる。 そう、ここは緑というより青い、蒼い森だわ。 村の入り口も石を重ねただけの簡単なものだったけど、そこにはつるがびっしりと伝って、緑の門になっていた。 馬車はその門を抜けると、小川を道案内に村の中へと進んでいく。 小川は村を横切っているらしく、せせらぎは村の奥へと消えてゆく。 村に入ると、ひんやりとしたすがすがしい空気が流れてきた。 外とは、別世界のよう。安心できる落ち着いた空気が、馬車の中にも流れてきた。 「ほう、これはなんとも綺麗な結界だな」 「気持ちいい〜。ほっとするわ」 頬をなでていく風が、香草のような緑の香りを運んできて、鼻がくすぐったかった。 「はは、父様もがんばって結界を張っているのだけれど」 お父様は苦笑いすると、馬車を村の広場へ止めるように御者に命じた。 様々な色の小さな花があちこちに咲き乱れる広場の真ん中を、さっきの小川が流れている。 小川には木の橋がかけてあり、小さな水汲み場が作られている。 あたしは馬車から飛び降りると、広場の真ん中に立って、村全体を見渡した。 木で出来た質素な家々は、広場を囲むように建っている。その壁にも屋根にも、びっしりとツタが生えていて、すっかり森の一部になっているみたいだった。 「リズ、こちらにおいで」 「はい」 お父様の声にふりむくと、いつの間にか広場には人が集まっていた。 急いで、お父様の隣に駆け寄る。 ・・・いよいよね。 どきどき。胸も手も足も震える。 お父様の隣には、3人が立っていた。 「こちらが、この村の村長のロックウッドさんだ。で、こっちがラルカレット家のルーレンスとルチアナだよ。ルーレンスは17歳、ルチアナは、リズより一つお姉さんだね」 ばあやくらいの歳の長いおひげの村長さんとすらりとしたお兄さん、その後ろに隠れている女の子。 お父様は、その女の子に話しかけた。 「ルチアナ。これがうちの豚児、リズだよ。仲良くしておくれ」 ルチアナと呼ばれた女の子は、あたしと同じくらいの背の高さ。 着古して薄汚れた木綿のワンピースを着ている。 でも、あたしは見とれてしまった。 だってだって、こんなに綺麗な子、今まで見たことない・・・。 真っ白の肌に、新緑を映したような色の瞳。真っ直ぐな白銀の髪を、肩に垂らしていた。 その子はあたしを上目使いでちらりと見ると、すぐにルーレンスと呼ばれたお兄さんの後ろに隠れてしまった。 このお兄さんも、とっても綺麗! すらりと背が高くて、白い肌に深い森のような色の瞳。背中まで伸びている綺麗な銀髪を、後ろで一つにまとめていた。 お兄さんのほうも粗末なローブを着ていたけど、そんなの全然気にならない。 ・・・なんて、なんて綺麗な兄妹なんでしょう! 「リズ、ご挨拶なさい」 お父様に背中を押されて、おずおずと顔を上げた。 気に入っていってもらえますように! ・・・でも、これだけは言わなきゃ! 「はい、え、と。初めまして!あたし、リズ・アリシア・ウェルハントです。でもリズって、呼んで下さい!」 深々と丁寧にお辞儀をして、お父様を見上げると、あちゃーって顔してる。 村長さんもルチアナたちもびっくりしてる。 ・・・まずかったかしら、やっぱり。 村長さんは突然、広場を震わすような大声で笑いだした。 今度は、あたしのほうがびっくり! 「お嬢さんは、女神様からの名前はお気に召さないらしいね。この村でも、洗礼名で呼んでないから、私たちもリズと呼ばせてもらうよ」 皺くちゃのお顔をさらに皺くちゃにして笑う村長さんは、あたしの頭をなでながら、なおも笑い続けた。 「ありがとう!」満面のあたしの笑顔に、お父様は渋〜い顔をしていた。 あ〜あ、後で叱られる・・・。 でも、しょうがない。だって、あたしの名前はリズなんだもん 二人と握手をした後(ルチアナはお兄さんの後ろにいて、手を出してくれなかった)、相変わらず渋いお顔のお父様は言った。 「リズ。父様は、村長とルーレンスにお話があるんだ。お話が済んだら、おまえにも聞いてもらうからね。それまで、ルチアナと遊んでいてくれないかな?」 いいかな?とお父様は、ルーレンスへ目を向ける。 ルーレンスは、自分の影から覗いているルチアナにしゃがみこんだ。 「えぇ、大丈夫だとは思いますが・・・。ルチアナ、リズお嬢さんに村を案内しておあげ。出来るかな?」 ルチアナは、しばらくルーレンスを見上げていたが、こくんと頷いた。 ルーレンスはルチアナの背を押して、あたしの前に立たせた。 顔をあげたルチアナ、あたしと目があった。 ・・・ 怯えた顔。 はっと、息を呑んだ。 あたしは何か言葉をかけようと口を開いたけれど、すぐにルチアナは顔を背けてしまった。 ずきん・・・、いやな感じ・・・。 一瞬、町の人たちの瞳を思い出してしまった。 「リズお嬢さん、ルチアナが村をご案内します。この子についていって下さい。」 そして、悲しく沈んだ声で言った。 「この子は口がきけないのです。でも、話していることは解りますので、話しかけてください。お願いします」 え?口がきけないの、この子? ルチアナは、ルーレンスに「バンおじさんのところへ行って、弓を見せてお上げ。いいね」 と、言われた途端に、背を向けて歩き出した。 「ま、待ってよ。ルチアナ!」 置いていかれてはいけないと、あたしはその後を大急ぎで追いかけた。 「行って来ます、お父様!」 後ろを振り返って、大きく手を振った。 ・・・お父様には聞こえなかったみたい。 村長さんと一緒に背中を向けていた。 ルーレンスだけが、あたしたちを見送ってくれた。 でもきっと、あの深緑の目はあたしの前にいる子を見てる・・・。 あぁ、ばあやが一緒に来てくれたらなぁ・・・。 お父様たちは、広場のすぐ脇にある大きくて立派な家に入っていった。村長さんのお家なんだろう。 あの村長さん、好きになっちゃった。リズって呼んでくれるって、ふふ。 皺くちゃのおっきな手があったかだったなって、のんびり考えていたら、ルチアナから離れちゃった。 急いで、ルチアナを追いかける。 ルチアナって、すごく歩くの速いの。 ついていくの、大変・・・。 村は、町とは大違い。 町は道を忙しく行きかう人の声で溢れているけど、ここは小鳥の声に包まれて、ゆっくりとした空気が流れている。 道はゆったりと縫うように家や畑の間を走り、家の中からはにぎやかな声とご飯の匂い。 畑では手入れに忙しい人たちの姿。 それに、あたしを見る目が、全然違う。 「ルチアナ、こんにちは、元気?」 「あらあら、かわいいお客様ねぇ」 「ルチアナ、お友達出来たの。よかったねぇ」 すれ違う人たちは、あたしたちに笑顔をくれる。 こんなの初めて! 思わず、口が緩んでしまう。知らない人ばかりなのに。 皆、あたしが「見放された子」だってこと、知らないの? 気味悪くないの?「珠」が無いんだよ? 初めてのことに、あたしは嬉しくて、しょうがなかった。 でも、ルチアナはそんなあたしとは逆に、静かに手をあげて答えるだけ。 うつむいた白い顔が、崩れることはない。 「ねぇねぇ、ルチアナ?あたしね、ここまで馬車で来たんだよ。とっても怖いのね、あの森、真っ暗で・・・」 ルチアナと二人きりになると、あたしは何を話していいか解らなくて、今日ここに来るまでの話をしていた。 お父様が言っていたあたしが喜ぶことって、このことなんだわ! これが友達ってものなの? どきどきと胸が高鳴っている。・・・嬉しい! あたしと同じくらいの女の子が隣にいる。 口を利けなくてもいい。あたしの隣にいて、お話を聞いてくれるのなら・・・。 しかし、ルチアナはあたしの話なんて聞こえていないかのように、すたすたと行ってしまう。 「ねぇったら〜・・・」 ・・・話を聞いてよ・・・。 あたしは、ルチアナの後を追うしかなかった。 ('04.01.09) |
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