ルチアナはふいに立ち止まると、一件の家を指さした。
ツタにびっしりと覆われていて、良く解らなくなっちゃっているけど、クリーム色の壁に明るい茶色の屋根、工房って感じのお家だった。
玄関のわきには「バンの弓と矢は世界一」と書かれた看板が掛かっている。
(これもツタびっしり。かろうじて読めるんだけど・・・。だ、大丈夫なのかな、看板の役目果たしているのかしら?)
どうやら、ここがさっきルーレンスが言っていたバンおじさんの家らしい。
ルチアナがドアを開けて、あたしに入れと手招きした。
入るとすぐ、背の高いカウンター。
ここはお店もやっているみたい。
店の中は明るく、外と同じ色の壁には、弓や矢の見本が壁に掛かっている。
床にはツボやら筒やらたくさん無造作に置かれていて、その中には入りきらないほどの弓矢が突っ込んである。
それらは、びっくりするくらいの安値で売られていた。
誰もいなかったので、背伸びをしたルチアナがカウンターにあった呼び鈴を鳴らした。
「は〜い」と奥の部屋からどしどしと足音を響かせて出てきたのは、長い黒髪を後ろにまとめた豪快な感じのお姉さんだった。
様々な色や形のカットソーを何枚か重ねて着てる。
それはちょっと変わった色の組み合わせだったけど、髪や肌の色にとても映えていた。
でも、それよりも目を引いたのは髪どめ。
ハンカチを結んだだけのものだったけど、それが逆にかっこよくて、あたしもやってみたくなってしまった。
少しつり目のいたずらっぽいキャラメル色の瞳が、カウンターからルチアナを覗き込んでる。
「おや、ルチアナ!いらっしゃい。今日も来たね。おやじさん、お待ちかねよ〜。まーったく、あたしよりルチアナのこと、可愛いって言うんだから、妬いちまうよ!」
と、ルチアナにウインクを投げてから、小さいあごをふんと降った。
そこで、ようやくあたしに気がついたみたい。
「・・・っと、今日はお客様が、もう一人。あ・・・、もしかして、ブラングランジ町のお嬢さんかい?あらぁ〜、こんなに可愛いとはねぇ〜。ふふふ、おやじさん、今日はモテモテだねぇ〜♪」
にまにまと口元を緩ませながら、あたしに名前を聞くと、自分はマギー・リントンだと言った。
あたしが名前のことを言おうとするより先に、にこにこ顔のマギーが言った。
「ねぇねぇ、リズって呼んでもいいかしら?あなたはファーストの名前が似合っているから。あたしのことはマギーって呼んでね。あ、”さん”づけは厳禁よ」
ちぃちぃちぃっと口を鳴らしながら、人差し指を振ると、あたしにもウインクをくれた。
嬉しくなって、思わず大きな声で「うんっ」って、返事しちゃったよ。
マギーはあぁ、そうだ!と何かを思い出したように、いきなり大声を上げた。
「忘れてたよ〜。いかんいかん。15にして、健忘症かしら」と頭をこちんと叩いて、長いスカートをたくし上げながら、カウンターから出てきた。
「あたし、ちょっと用事があるからさ。ルチアナ、リズを二階に案内してあげなよ。ここで待っていても、おやじさんは出てこないからさ。いったん工房に入ると、一日出てこないんだから〜・・・。ったく、面倒だよ。食事とか飲み物とか、いちいち二階に運ばなくちゃならん。少しは動けばいいのにさ、あのでかい腹のためにも」
深いためいきをつきつつ、ルチアナの頭をなでると、マギーはあたしの手を取った。
「ごゆっくりね、ほんとにゆっくりしていきなよ。あたしが帰ってくるまではいてよ、絶対よ!」と、あたしの手をぎゅっと握って念を押して、マギーはそそくさと店を出ていった。
「ねぇねぇ、ルチアナ。マギーさん・・・。っと、さんづけはいけないのよね・・・。ふふふ、マギーって、おもしろい人ね。バンおじさんの娘さんなの?」
ルチアナはカウンター脇のドアを開けて、こっちと手まねきした。
ドアからすぐ上へ伸びる階段があって、天窓から明るい光が射し込んでいる。
「ねぇ・・・」
もう一回聞いてみる。
ルチアナは聞くどころか、階段を昇ろうとしている。
話を聞いてよ、お願い・・・。
これじゃ、町の子たちと一緒じゃない・・・。
あたしを睨む町の子供たちの冷たい視線が、体を射したような気がした。
いや・・・!
あたしはその視線から逃げたくて、ルチアナの背に手を伸ばした。
助けて、お願い!
でも、その手は空を切るばかりで、届かなかった・・・。
あたしは話を聞こうともしないルチアナに思わずかっとなって、無理やり彼女の手を引っ張っていた。
「ねぇったら、聞いてるのよ!こっち向いて、ルチアナ!」
大きく、いらいらした声。
自分でもびっくりした。
引っ張られたルチアナは、階段にしりもちをついてしまった。
そのルチアナに、上から畳み掛ける。
やめなきゃと解っているけど、止められなかった。
「聞いているのよ、あなたに!耳も聞こえないの?その耳は飾りなの?!」
聞いて、お願い・・・と言いかけたとき、あたしは見たくないものを見てしまった。
その瞳。あたしを見上げるその瞳。・・・怯えてる。
怖いの、あたしのこと?
あたしが「見放された子」って知っているの?
だから、あたしのこと避けているの?
ルチアナは何も無かったかのように立ち上がると、階段を昇り始めた。
・・・だめ・・・。
お父様、だめみたいだよ。
あたしには嬉しくても、あの子には迷惑でしかないみたい。
さっきまでの胸のどきどきが、小さく消えていくのがわかった。
あたしはルチアナの後を追い、とぼとぼと階段を上がっていった・・・。
階段を昇りきると、すぐに広々とした部屋へ出た。
ここがバンおじさんの工房か・・・。
いくつもの天窓から差し込む光で満たされた部屋は、大小さまざまの工具と材料で埋め尽くされていた。
「いらっしゃい!」
高々と積み上げられた木片からひょこっと顔を出したのは、マギーによく似た顔立ちのおじさんだった。
にこっと笑った感じなんて、そっくり!
白髪まじりの髪は短く刈り上げられ、ちょこんと小さなベレー帽なんて乗せてる。
エプロンは削りかすや油にまみれて、元々何色だったかなんてわからないくらい汚れていたけど、それが職人さんの歴史を表しているみたいで、とても似合っていた。
こっちへと手招きされるままに工具をよけながら、おじさんの側へ。。
「初めまして、ウェルハント家のリズお嬢さんだね。バンの工房へようこそ!」
にこにこ顔であたしに差し伸べられたごつごつのおっきな手!
お父様より背も声も大きいみたい。
さっき、マギーが言っていた通り、お腹は誰か入っているかのようにぽっこりと大きかった。
「初めまして」笑顔を作って、自分の名前を言った。
手を伸ばすと、ぎゅうと痛いくらいの力で握られた。
「会えて、とても嬉しいよ。さ、さ、笑って。女の子は笑顔が一番。リズお嬢さんには、悲しい顔は似合いませんぞ」
バンおじさんは、握手したまま、腕をぶんぶんと降った。
え?あたし、笑ったつもりだったんだけど・・・。
でも、そんなこと考えてる暇なんて無かった。
バンおじさんったら、残った左手で自分の顔をひっぱったり、叩いたりして、おかしな顔をするの。
つられて、こわばっていた頬が緩んできた。
あぁ、バンおじさんの言うとおり、あたしの顔、笑ってなかったみたい・・・。
「きゃはは、あはは・・・!バンおじさん、おなか痛いってば、やめてよぅ♪」
あたしはおなかを抱えながら、しばらく笑い続けた。
「さぁ、どうぞ」
バンおじさんは、あたしを解放すると、薄紙に包まれた物を手に乗せた。
開けてごらんと勧められるままに包みを開けると、ピンクの弓が現れた。
小振りで軽くて、ピンクの弦がとても可愛い。
「わぁ、とても綺麗ね!バンおじさんが作ったの?」
弓をいろいろな角度から眺めながら聞くと、「気に入ってくれたかな?お嬢さんに差し上げるよ」バンおじさんの口からは、そんな答えが返ってきた。
「えっ、あたしに?」びっくりして、聞き返した。
だって、家の者以外から、何かもらうなんて初めて。
バンおじさんはルチアナを引き寄せ、頭をなでながら言った。
「この子が、お嬢さんに弓をあげたいと言ったのさ。こんな素敵な考えに、乗らない手は無いからね。それに、この弓はね、ルチアナがデザインしてくれたんだよ。色も形も、お嬢さんに似合うようにと。素敵だろう」
ルチアナは白い顔にピンクの花を咲かせて、バンおじさんの後ろに隠れてる。
あたしのために・・・。
・・・ルチアナ、どうして・・・?
あたしは、弓をじっと見つめた。
そのまま、顔を上げることが出来なかった。
ルチアナはあたしを嫌っている・・・という思いが頭の中をぐるぐる回っていた。
「もしよかったら、マギーに弓の使い方を習うといい。あいつはああ見えて、弓の名手なんだ」
へぇ、そうなんだ。かっこいいなぁ。
・・・でも、やりたくないよ。だって・・・。
そんなことを考えてくると、階段を昇ってくる足音が聞こえてきた。
「うわさをすれば、なんとやらだ」
バンおじさんは肩をすくめると工具を取り出し、木を削りだした。
工房に上がってきたマギーは走ってきたらしく、息を切らしていた。
「は〜い。まだいたわね、小さなお客さんたち。あ、もう贈呈式は終わっちゃったのね。う〜ん、残念。ま、あたしの贈呈式をすれば、いいか。ではでは・・」
マギーは息をすぅーと大きく吸うと、じゃじゃじゃ〜ん♪じゃらじゃぁ〜・・・♪と、聞いたことも無い音楽を口ずさみ始めた。
指揮者みたいに、指をタクト代わりに大きく振りながら・・・。
バンおじさんは「まぁた、始まった。大げさだなぁ」と笑いながら、聞いている。
あたしもくすくすと笑ってしまった。さっきのバンおじさんといい、マギーといい、おもしろいなぁ。
おなかが痛いのは、すっかり限界超えちゃってる・・・。
「親愛なる我が友、リズにこれを進呈いたしましょう〜」
やっと音楽を終えると、手を胸に当てて、神妙な顔つきのマギーは、あたしの目の前にある物を差し出した。
黄の細い組みひもを編んだ物。先に小さな紅玉が二つついている。
ちょっと貸してねと、マギーはあたしの手から弓を受け取ると、それを弓の先に結びつけた。
「お守りよ。ルーレンスが、念を込めてくれたもの。効くわよ〜、あいつの魔法はすごいからね。でもさぁ、頼んでおいたの、さっきのさっきまですっかり忘れていてね〜」
えへへと照れ笑いのマギーから渡された弓は、さっきまでの物とはまた違うものになったような気がした。
あの綺麗なお兄さんの念が入ったお守りかぁ。
二つの紅玉は、光を浴びて、きらきらと輝いている。
「どれ、やる気になったかな?教えちゃるわよ」
マギーは、にまにまといたづらっぽい顔で、あたしの顔を覗き込んだ。
何だか、恥ずかしい。顔が赤くなりそう・・・。
「うん、それがいいだろ。ルチアナも一緒に行っといで」
えぇ、やっぱりやるのぉ〜?うぅ、いやだよぅ〜・・・。
でも、マギーとバンおじさんの笑顔に押されて、断れない。
「は〜い、行こ行こ!特訓、特訓、撃ちまくりよ♪」
マギーに手を取られると、無理矢理さっきとは別の階段へ連れて行かれた。
「がんばってきな」バンおじさんの声が小さくなる。
ルチアナは、とっくの昔にマギーのスカートの影。
さっと視界に入ったルチアナの顔が、心なしか緩んでいるように見えたのは、気のせいかしら・・・。
でも、振り向けなかった。
ルチアナの瞳を見るのが、怖かったから・・・。
('04.02.06)
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