:: 蒼い森の少女 ::
文と絵:娘子

<6>
モンスター強襲!

階段を下りてすぐの扉を開けると、そこは裏庭だった。
近くまで森が迫ってきているけれど、ここは陽が入ってきて、明るく気持ちいい。
きっと、マギーが手入れをしているのだろう、花壇は様々の色で埋め尽くされていた。
無造作なようだけれども、計算されているように見える不思議な色あい。
まるで、マギーの洋服の色みたい。

「はい、あそこに向かって射ってみよ〜!」
元気いい声が中庭に響く。
マギーは、木にぶら下げられた的を指差した。
えぇ、あれが的なの?小さいよぅ。ちょっと遠いような、いや、かなり遠いような・・・。
あたしは、背中に矢筒を背負わされて、すっかり準備OKになっている。
ふぅ、しょうがないか・・・。
にこにことあたしを見つめる、マギーの視線にいやいやながらも、一度射ってみることにした。
さっき、マギーが教えてくれた通りにと・・・。
矢をつがえて、弓柄を的に向けて、弓弦を思いっきり引く。
「いい姿勢。このままね」
うぅ、なんてきついのかしら。
ただ引いているだけなのに、額からぶわっと汗が噴出す。
右手に添えられたマギーの手が、よろけてしまいそうなあたしを支えてくれた。


「行くわよ〜、離してっ!」
シュンと静かな音がして、矢はあたしの頬を勢い良くかすめていった。
緩やかに弧を描きながら、遠い的目指して。
タン!当たった!
当たったけど、的じゃなくて、木の幹に。
しかもずいぶん下のほうだけど・・・。
全然だめだなと頭を掻いていると、後ろでパンパンと手を叩く音がした。
振り向くと・・・、ルチアナだ!
一人ぽつんと離れた場所で、あたしに拍手をしてる。
驚いているあたしに気づくと、ルチアナは恥ずかしそうにうつむいて、手を叩くのを止めてしまった。

ルチアナ・・・?
・・・どうして・・・?
いろんなことが、頭の中をぐるぐる回りだした。
あたしはどうしたらいいか解らなくて、その場に立ち尽くしていた。
弓を握った左手から、血が冷えていくみたい。


ぼうっと立っているあたしの背中を、マギーが勢い良く叩いた。あたしはやっと我にかえった。
「よし、当たった!すごい、すごい。うん、素質あるかも〜♪」
と、マギーのウインク!
「え?的には当たってないよ」
ノンノン!と人差し指を振るマギー。
「幹にすら届かない子は、たくさんいるわ。ふふふ、謙遜しなくてもいいわよ、リズ。すごく素質あるの、わかるわ。もっと腕の力をつければ、大弓だって引けるようになるよ、例え、リズがまだ小さくてもね」
胸に手を組んで、お願いポーズを取ったマギーはきらきらした瞳で、あたしに迫ってくる。
「あぁ、こんなにいい子に出会えたのは、初めて!教えたくて、うずうずしちゃう〜。もっと、撃って、お願い〜♪」
にっこにこのマギーの笑顔に押されて、また弓を引くことに。
ひぃえ〜、もういいよぅ〜、終わりにしたいんだけど・・・。
矢を撃っている間も、ルチアナのことで頭がいっぱいだった。
どうして・・・?
もう一度拍手を聞きたいと、弓を引いていたけど、二度と聞こえてはこなかった。

ひとしきり矢を撃った後、お疲れ様と言って、マギーはいちご水を出してくれた。
あたしは庭の一角に用意されたシートにやっとのことでたどり着くと、へたり込んでしまった。
ふぇえ〜、疲れたよぅ〜。もう腕や肩ががたがた・・・。
ふと手を見ると・・・。
あ、これって、豆って奴?指のつけ根に硬くなっているところ、発見!
はぁ、マギーったら、厳しいなぁ〜。あれから何十本撃ったことか・・・。
お行儀悪いけど、出されたいちご水は一気飲みしちゃった。
おいしかったかどうか、わからないうちに喉を通り過ぎちゃったよ。
ルチアナはあたしの隣に、ちょこんと座っている。
その横顔をちらりと盗み見た。
うつむいて、いちご水のグラスを見つめたまま、隣にいるあたしのことなんて、見ようともしない。
さっき拍手してくれたなんて、信じられない。
体温を感じるくらい近くにいるのに、二人の間にものすごい厚さの冷たい壁がそびえているみたい・・・。

しばらく、気持ちのいい庭を眺めながら、マギーとおしゃべりした。
村のことや、おじさんのこと、弓のこと、いろんなこと、いっぱい聞かせてもらった。
マギーの大げさな手振り、身振りで、お話はさらにおもしろかった。
あたしも、村で生活してみたいなぁ。きっと、毎日楽しいんだろうな。
そして、真顔になったマギーはぐいと顔を近づけると「絶対うまくなるから、弓はぜひ続けて、ね!」と、あたしの手をぎゅっと握った。
お父様も言っていたっけ。何か身につけた方がいいって。
でも、いらないよ。弓なんて、あの町じゃ使わない。
お父様がいれば、「結界」が守ってくれる。
モンスターなんて町には入ってこないもの。
返事もしないでうつむいたあたしの目の端に、光が差し込んだ。
ルチアナの銀髪の輝きだった。
ルチアナは日を仰いでいた。光を浴びて、きらきらと美しく透き通ったルチアナは、心なしかそわそわしているように見えた。


マギーは、グラスに手もかけないルチアナの頭に、ぽんと手を乗せた。
「ルチアナ、今日も寄っていくのかい?」
ルチアナはこくんと頷き、シートから立ち上がると、マギーにおじぎをした。
くるりと背を向けると、あたしを置いて、一人で行ってしまう。
追いかけようかどうか迷っていると、マギーに肩を抱かれた。
「ルチアナをお願い。今は誰に対してもあんな感じなんだけど、冷たい子じゃないのよ。ほんとは優しい子なの。側にいてあげるだけでいいから、ね」
マギーは、何かを思い出しているような遠い目をしていた。
優しいっていうのは、わかるよ。けど・・・。
「行っておいで」とマギーに優しく背中を押され、あたしは仕方なく、ルチアナの後を追いかけた。
もらったばかりなのに、すっかり汚れてしまった弓を持って・・・。

ルチアナは、村のはずれへと歩いていった。
大きく高い木が多くなってきた。
とてもいいお天気なのに、日陰ばかりの道。
枝が手を広げて、あたしたちに覆いかぶさってくる。
ルチアナは途中の花畑で花を手折って、二つ束を作ると大事そうに胸へ抱え込んだ。
あたしはそれを見もしないで、空を見上げた。
枝の隙間からわずかに見える空は、ますます青さを増していくみたい。
せせらぎが聞こえてきた。
小川にかけられた小さな木の橋を渡って、さらに奥に進むと木漏れ日差し込む、森に守られているような緑美しい広場へでた。
あちこちに青や白のかわいい小さな花たちが咲いている。
でも、ここはいやな感じがする。さっきまでの空気とは、全然違う。
気持ち悪いくらい静か・・・。
小鳥のさえずりも聞こえない。。

ルチアナが進んだ先には、あたしが腕をやっと回せるくらいの大きさの石が、二つ並んでいた。
それが何かわかった。
・・・お墓だ。
でも、誰のかしら・・・?
毎日、おまいりに来る人がいるんだろう。
お墓は、綺麗に掃除されていて、昨日供えたらしいお花が、しおれることなく咲いていた。
ルチアナは丁寧にお墓のまわりを掃除すると、お花を新しく供えた。
あたしは、一心に祈りを捧げているルチアナを見下ろしていた。
その背中は、とても寂しそうだった。
あたしは、ここへ来る途中のお父様の話を思い出していた。
洪水で両親を失った子供がいるって・・・。
もしかして・・・。
・・・あぁ、そうなんだ。
その子供って、ルチアナのことだったんだ・・・。
これは、ルチアナのお父さんとお母さんのお墓。
・・・なんて悲しいことなんだろう・・・。
ルチアナには、お父さんもお母さんもいないなんて・・・。
・・・お父さんもお母さんも、死んでしまっただなんて・・・。


あたしはルチアナの背中を見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。
そして、思い出した。
ルチアナにしてしまったこと・・・。
なんてことしてしまったんだろう、あたし。
・・・最低だ。


ルチアナの怯えた瞳はきっと、お父さんたちを亡くした悲しい記憶。
そっけない態度は、今にも泣きだしそうなのをがまんしているよう・・・。
うつむく顔は、こぼれそうな涙を見せないようにするため・・・。


それなのに、あたしは自分のことだけ考えて、ルチアナにあたったんだ。
自分自身に腹が立って、涙が出てきた。
ばかだ、あたし。
ルチアナのことを、考えてあげることが出来ないなんて・・・。
悲しそうな横顔の訳を、少しでも考えればよかったのに!
これじゃ、一緒だ。町の奴らと・・・。
町の奴らは、あたしのことを「見放された子」というだけで、忌み嫌い避けている。
あたしがどんなことを考えて、毎日を生きているかなんて、誰一人として、気にも留めてやいない。
あたしだって、あんたたちと同じ人間なのに・・・!


ルチアナは泣いているあたしに気づくと、びっくりした様子でポケットからハンカチを取り出し、頬を拭いてくれた。
「ルチアナ・・・。ごめんなさい、あたし、知らなくて・・・。ごめんなさい!」
ルチアナは慌てて首を横に振って、その口元に微笑を浮かべた。
初めて見るルチアナの笑顔・・・。
この世界に、こんなに儚いものがあるのかしら・・・。
それは悲しくて、今にも壊れてしまいそうだった。


急に空気が震えたような気がした。
森の奥がざわめく。
結界が薄れていくのが、はっきりとわかった。
ルチアナが青ざめた顔で、ある方向を見据えた。
目をやると、がさがさと藪が大きく波打っている。
何かがこっちにやってくる!

「あぁっ!?」
奥から出てきたのは、身の毛もよだつものだった。
前に読んだ物語の中にあった絵が、頭の中を駆け抜けた。
・・・ゴブリンだっ!
恐怖に頬を伝っていたものが、乾いていく。
丸まった背中、あたしより少し大きい。
全身はどす黒い皮膚に覆われ、人間がかつて着ていたと見られる皮の鎧を身に着けている。
奪われた元の持ち主の物なのか、黒く変色した血があちこちにへばりついていた。
あたしたちを見下ろす大きな瞳は血のように赤く、ケケケと笑う歪んだ口から、鼻がもげるほどの不潔な匂いが漂ってくる。


"邪悪で人間を忌み嫌っている"
本でしか読んだことがなかったものが、今、目の前にいる・・・。
あたしはこの場から逃げようと、後ずさりをした。
途端に膝がカクンと力なく曲がり、地面にへたりこんでしまった。
立てない・・・!
ガチガチと奥歯が鳴り始めた。
目の前の汚い奴は、太い足をあたしに向けた。
じりじりと狭まってくる距離。
ルチアナはあたしの隣に、白い顔をさらに白くして、立ちつくしていた。
胸に組まれた細い指が小刻みに震えている。

いやだ、助けて・・・。
こんなところでこんな奴にやられるの、あたし・・・?
・・・・・。
・・・それもいいかもしれない・・・。
あたしは「見放された子」。
これから先、生きていることが出来ないかもしれない・・・。
たとえ、生きていくことが出来たとしても、今と何も変わらない、きっと。
逃げたい・・・。逃げてしまいたい!
町から、町の奴らの冷たい瞳から、この呪われた運命から!
逃げることが出来るなら、これもいいか・・・な・・・。

奴の斧を抜く音で、はっと我に返った。
ルチアナが隣にいる。
体中の震えで、今にも体が折れてしまいそう。
涙を拭いてくれたルチアナ。笑ってくれたルチアナ・・・。
なんとかしなくちゃ、なんとか・・・。
・・・ルチアナを、守らなくちゃ!
「そうだ、弓!」
背中に縛り付けたままの矢筒から一本取り出すと、弓を構えた。
当たるかしら?
本気で練習しておけばよかった。マギーがあんなに教えてくれたのに・・・。
ええい、ままよ!
小刻みに震える手で、なんとかねらいをつけると、弦を引く。
ぎりぎりと柄がしなっていく音が、耳に届く。
もしかしたら、自分の腕や肩の音かもしれないけれど、しるもんか!

手を離すと、矢は小さな弧を描いて、奴の胸へ。
当たった?
バシーン!当たるどころか、斧で払いのけられてしまった。
「く、もう一回!」矢を番えようとしたところで、奴の腕に弓ごと吹き飛ばされた。
「きゃああぁ!」手を離れた弓が、カラカラと遠くの草藪へ消えていった。
反撃されるとは思っていなかったんだろう。
ぐおうぅと喉の奥から怒りの声を上げた奴は、ルチアナには目もくれず、あたしを追いかけてくる。
「あ、あ・・・」
地面から顔を上げると、すぐ近くまで奴が来ていた。
腰が抜けているあたしは、その場に座り込むので精一杯。
奴は、また斧を振り下ろした。

「!!」
思わず目をそむけると、斧は鼻先をかすめていく。
いつの間に来たのか、ルチアナがあたしの背中をひっぱっていた。
それでも、その場しのぎ。
奴は、またじりじりと近づいてくる。
恐怖で足は空を蹴るばかりで、ゆうことを聞いてくれないし、口の中はからからで声も出ない。
懸命にあたしをひっぱるルチアナの玉のような汗が、頬に落ちる。
奴はぎらぎらと目を血張らせて、斧を振り上げた。
勝利を確信した奴の口から漏れる下品な笑い声が、広場を満たした。
背中のルチアナの指が、力を無くしていく・・・。
今度こそ、だめだ。
「ルチアナ、逃げて。早く!」
口の中の水分を搾り出して、やっとのこと叫ぶと、あたしは目を閉じた・・・。
('04.02.06)

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