:: 蒼い森の少女 ::
文と絵:娘子

<7>
精霊使い ルチアナ

「リズー!!」
えっ、ルチアナ・・・?
その声に振り向くと、ルチアナは指を組み、何かを唱えていた。
それに答えるかのように、あちらこちらからルチアナのまわりに青白い光玉が集まってゆく。
ルチアナはゆっくりと腕を広げる。
その指先で、光玉たちが群れて、眩い光はしだいに大きくなっていく。
これって・・・、初めて見る・・・。
精霊・・・?
・・・水聖だ!
「水聖よ、邪なるものを清なる力で貫け 水撃!」
ルチアナの突き出した両手から、鋭く尖った水の剣が何本も飛び出す。
どぉーんと水が滝つぼに落ちるような音とともに、頬に水しぶきが当たる。
奴の体に直撃!
水の勢いによろめく奴の足。
す、すごい、ルチアナ!
もしかして、聖霊使いなの?
ルチアナの回りに、絶えず青白い光が集まってくる。
光に包まれたルチアナは、とても神々しく見えた。

でも、それまで。
水の剣が勢いを失う。
ルチアナは肩で息をしている。大きく荒い息。
瞳には、焦りの色が見える。
水の勢いに奴はよろめいていたものの、倒れることは無かった。
奴はその程度かよと言わんばかりにあごをしゃくり上げ、にたにた笑いながらこちらへ向かってくる。
あたしたちを嘲るように、見下ろしながら。
「ルチアナ!」
すかさず、水撃を唱えたルチアナ。
さっきよりは強い感じがするけれど、やっぱり体を吹き飛ばせる力はない。
奴も同じ攻撃をそのまま受けるほど、ばかじゃない。
今度は斧を突き出して、水の勢いが止むのを待つとじりじりと近づいてくる。。

精霊使いって、精霊たちと一緒に術を操るの。
魔法とは区別して、それを聖法っていうんだけど、魔法は習得出来さえすれば、強い魔法が使えるようになるけど、聖法はちょっと違う。
聖法は、なんと言っても術者に集まる精霊の性格によるものだから。
精霊たちにも、いろんな性格がいて、元気な精霊やおとなしい精霊。時には、邪な精霊もいる。
そして、自分に近い性格の術者に集まる性質があるらしい。
自分に従ってくれる精霊たちが強くなければ、習得した術が上位のものでも、レベルが低いものになってしまう。
逆に術が下位のものでも、精霊たちが強ければ、強力な聖法になるの。
ルチアナはやさしいから、きっと、攻撃する聖法はあまり強くないんだ。
あぁ、ルチアナ。どうしよう、このままじゃ・・・。

「兄さん・・・」
ルチアナは空を仰ぎながらつぶやくと、次にこう唱えた。
「水聖よ、心正しき者を護る壁を築け!水盾」
ルチアナの声に水聖たちが、あたしたちを包むように広がっていく。
ドーム型の水の防壁。
水が流れているような壁が綺麗!
奴が振るった斧は、水壁に当たるとキンと音を立て、はじき返された。
奴は何度も斧を振るうが、結果は同じ。
今度は、素手で壁を叩き始めた。それでもびくともしない。
すごい・・・!
周りを覆っている青白い壁に見とれていた。

でも、このままで大丈夫なのかしら?
あたしはルチアナを見つめた。
額に大粒の汗を滴らせて、ルチアナは真剣に祈っていた。
ルチアナは魔力全てを使い果たしてでも、あたしを守ろうとしている。
きっと、長くは壁を作れない。
ルチアナの力が切れたら・・・。
そしたら、今度こそ本当に・・・。
辛そうにしているルチアナと同様に、水壁も薄くなっていっているみたい。
拳が当たる振動が、しだいに大きくなっていく。
ルチアナ、がんばって!
何もしてあげられない自分が悔しかった。

とうとう水壁は薄くなり、奴の手が突き抜け、壁の内に!
汚い手が、中にいるあたしたちを引きずりだそうとまさぐっている。
お父様、ばあや・・・。
突然、二人の顔が浮かんだ。
今まで、ずっと守ってもらってた・・・。
それなのに、いつも困らせてばかりでごめんなさい。
キッとゴブリンに向き直ると、両手を広げて、ルチアナの前に立つ。
あたしが守らなくちゃ。
ルチアナはあたしが守るんだからっ!

とうとう水壁が壊れた。
水は力を失い、二人の体をも飲み込んで、流れ落ちてゆく。
「リズ、ごめん・・・」
ルチアナの瞳から光が消えていく。
気を失ってしまったみたい。バシャと水音を立てて、ルチアナが崩れた。
それでも、あたしは両手を開いたまま、奴を睨み続けていた。
奴の手はあたしの胸を掴むと、そのまま顔の近くまで持ち上げた。
うぅ、苦しい・・・。首が絞まっていくよう・・・。
あたしは、もうもがくことすら出来なかった。
手も足も力を失っていた。
目の前で、にたぁと赤い目と口がいやらしく笑った。
あたしは、振り上げられた斧の切っ先を見ていた。

・・・お母様・・・。
リズって、お母様がつけてくれた名前。
この名前、大好き!
お母様があたしを愛してくれた証だから!
・・・お母様、あたし、ほんとは会いたかった。
ずっと会いたかったの!
あたしはゆっくりと瞼を閉じた。

「ぎゃあぁ〜!」
悲鳴に驚いて目を開けると、奴の腕に一本の矢が刺さっている。
奴はあたしを草むらに放り投げると、痛みにのたうちながらも矢を抜こうと懸命になっている。
「汚い手で、その子に触るんじゃ無いっ!次は脳天ぶち抜くよ!」
振り返るとマギーが大弓を構えて、仁王立ちになっている!
「マギー!!」
「大丈夫?今助けるからね、そのままじっとしてな!!」
ウインクを投げたマギー。
後ろにはルーレンスとバンおじさん、村長さん。そして・・・。
「お父様!」
お父様は目でうなずくと、結界を張る時のように指を組んだ。
ごおんごおんと地の底から、空気を震わせて、地響きがやってくる。
地面はしだいに大きく激しく、うねり始めた。
立っていられない!
思わず冷たい地面に倒れこんでしまった時、奴の足元の地面が割れた!
その裂け目から、鋭い岩の槍が何本も突き出してくる。
耳を覆いたくなるような悲鳴。
槍は奴の体を貫き、腕を引き裂いていった。

「ルーレンス、お願い!」
マギーが矢をつがえると、ルーレンスが指を手に当てて、呪文を唱え始めた。
矢じりにぽうと白い光が宿る。
まぶしくて、直視出来ない!
「悪しきものよ、闇の世界へ還れ!珠葬還!」
ルーレンスが高々と腕を掲げると、マギーは奴めがけて矢を放った。
たん!鎧をも貫き、見事、胸に命中!
ぴきんと何かが割れる音があたり一面に響いた。
矢が当たった場所から、徐々に奴の体が白くなっていく。
聖なる力に蝕まれた自分の体に、表情が冷たく褪めてゆく。
ついに光は、奴の全てを飲み込んだ。
「ぎゃあぁぁ・・・!」
広場を満たす、おびただしい量の光。
その中から、恐ろしい咆哮が溢れる。
何とか目を開いて見ると、恐怖に満ちた目が聖なる光に浮かんでいた。
かつては赤い色をしていたそれは白く褪せ、光に吸い込まれていくように消えていった。

さらさらと風が渡っていく・・・。
何事も無かったかのように、ざわざわと草がなびき、小鳥のさえずりが聞こえる。
気がつくとすぐ近くに、ルチアナが倒れていた。
風がルチアナの濡れた銀髪をやさしくなでていく。
「助かったよ、ルチアナ。目を覚まして!」
触れると壊れてしまいそうな華奢な手。
あたしは手を伸ばして、恐るおそるルチアナの手に自分の手を重ねた。
暖かい・・・。
さらに手を伸ばして、ぴくりともしないルチアナの細い肩を揺さぶった。
整った眉が歪む。
ルチアナは瞳をゆっくり開け、あたしをじっと見つめた。
その目が静かに微笑んでいる。
「リズ・・・、良かった・・・。大丈夫?」
小さな鈴の音のような声に、うんとうなづく。
「ありがとう、ルチアナ。助けてくれて・・・」
ルチアナは横に首をわずかに振ると、あたしの手を握り返した。
「・・・私のほうこそ、ありがとう。助けてくれて・・・」
微笑みを口元に残しながら、ルチアナは瞳を閉じた。
・・・助かったんだ・・・。
やがて、すうすうと寝息を立てたルチアナに、あたしもやっと安心することが出来た。

気持ちいい風に身を任せて、ルチアナの横顔を見ていると、「リズ!」お父様の大きな声。
思わず、がばっと起き上がる。
私めがけて、駆けてくる。ものすごく怖い顔してる。
眉間に皺寄せて、大きな手が伸びてくる。
怒られる・・・!
「ごめんなさい・・・」
体を小さくして、頬に受けるものを覚悟した。
「っ、痛っ!」
左頬にふわりとやさしく、暖かい手が触れた。
そのとたん、びしっと痛みが走った。初めて、傷が出来ていたことを知った。
「ばかもの、心配かけおって!」
お父様はそれだけいうと、太い腕であたしを抱き上げ、そのまま胸に引き寄せた。
それはきつく、痛いくらい・・・。
「い、痛いよ、お父様・・・」
お父様は黙ったまま、あたしを抱き続けた。
大きな体が小刻みに震えていた。
頬に伝ってきたものが傷口に滲みていく。
暖かくて、やさしい雫。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい!」
あたしはおずおずとお父様の肩にしがみついて、泣きたいだけ泣いた。
今まで我慢してきた分までも・・・。


あたしはお父様に抱かれながら、考えていた。
お父様、今でも愛しているのでしょう・・・。お母様のこと。
お母様が幸せに生きていて欲しい、「しあわせの降る場所」にいて欲しいと願っているのは、他の誰でもないお父様なんでしょう・・・。
知ってるよ、いつもお母様の肖像画を見つめていること。
愛しむようなやさしい目で・・・。
あたし、いつか会いに行くよ・・・、お母様に。
会いたかったんだ、ずっと。
そして、お父様のもとへ連れて帰ってきてあげる。

もしも、本当にあると言うなら・・・。
もしも、お母様がいるというのなら・・・。
いつか、いつか・・・、必ず、行ってみせる。
「しあわせの降る場所」へ!

瞳を閉じた・・・。
瞼には、幸せそうに微笑むお母様の顔が浮かんでいた。

('04.03.05)

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