「リズー!!」
えっ、ルチアナ・・・?
その声に振り向くと、ルチアナは指を組み、何かを唱えていた。
それに答えるかのように、あちらこちらからルチアナのまわりに青白い光玉が集まってゆく。
ルチアナはゆっくりと腕を広げる。
その指先で、光玉たちが群れて、眩い光はしだいに大きくなっていく。
これって・・・、初めて見る・・・。
精霊・・・?
・・・水聖だ!
「水聖よ、邪なるものを清なる力で貫け 水撃!」
ルチアナの突き出した両手から、鋭く尖った水の剣が何本も飛び出す。
どぉーんと水が滝つぼに落ちるような音とともに、頬に水しぶきが当たる。
奴の体に直撃!
水の勢いによろめく奴の足。
す、すごい、ルチアナ!
もしかして、聖霊使いなの?
ルチアナの回りに、絶えず青白い光が集まってくる。
光に包まれたルチアナは、とても神々しく見えた。
でも、それまで。
水の剣が勢いを失う。
ルチアナは肩で息をしている。大きく荒い息。
瞳には、焦りの色が見える。
水の勢いに奴はよろめいていたものの、倒れることは無かった。
奴はその程度かよと言わんばかりにあごをしゃくり上げ、にたにた笑いながらこちらへ向かってくる。
あたしたちを嘲るように、見下ろしながら。
「ルチアナ!」
すかさず、水撃を唱えたルチアナ。
さっきよりは強い感じがするけれど、やっぱり体を吹き飛ばせる力はない。
奴も同じ攻撃をそのまま受けるほど、ばかじゃない。
今度は斧を突き出して、水の勢いが止むのを待つとじりじりと近づいてくる。。
精霊使いって、精霊たちと一緒に術を操るの。
魔法とは区別して、それを聖法っていうんだけど、魔法は習得出来さえすれば、強い魔法が使えるようになるけど、聖法はちょっと違う。
聖法は、なんと言っても術者に集まる精霊の性格によるものだから。
精霊たちにも、いろんな性格がいて、元気な精霊やおとなしい精霊。時には、邪な精霊もいる。
そして、自分に近い性格の術者に集まる性質があるらしい。
自分に従ってくれる精霊たちが強くなければ、習得した術が上位のものでも、レベルが低いものになってしまう。
逆に術が下位のものでも、精霊たちが強ければ、強力な聖法になるの。
ルチアナはやさしいから、きっと、攻撃する聖法はあまり強くないんだ。
あぁ、ルチアナ。どうしよう、このままじゃ・・・。
「兄さん・・・」
ルチアナは空を仰ぎながらつぶやくと、次にこう唱えた。
「水聖よ、心正しき者を護る壁を築け!水盾」
ルチアナの声に水聖たちが、あたしたちを包むように広がっていく。
ドーム型の水の防壁。
水が流れているような壁が綺麗!
奴が振るった斧は、水壁に当たるとキンと音を立て、はじき返された。
奴は何度も斧を振るうが、結果は同じ。
今度は、素手で壁を叩き始めた。それでもびくともしない。
すごい・・・!
周りを覆っている青白い壁に見とれていた。
でも、このままで大丈夫なのかしら?
あたしはルチアナを見つめた。
額に大粒の汗を滴らせて、ルチアナは真剣に祈っていた。
ルチアナは魔力全てを使い果たしてでも、あたしを守ろうとしている。
きっと、長くは壁を作れない。
ルチアナの力が切れたら・・・。
そしたら、今度こそ本当に・・・。
辛そうにしているルチアナと同様に、水壁も薄くなっていっているみたい。
拳が当たる振動が、しだいに大きくなっていく。
ルチアナ、がんばって!
何もしてあげられない自分が悔しかった。
とうとう水壁は薄くなり、奴の手が突き抜け、壁の内に!
汚い手が、中にいるあたしたちを引きずりだそうとまさぐっている。
お父様、ばあや・・・。
突然、二人の顔が浮かんだ。
今まで、ずっと守ってもらってた・・・。
それなのに、いつも困らせてばかりでごめんなさい。
キッとゴブリンに向き直ると、両手を広げて、ルチアナの前に立つ。
あたしが守らなくちゃ。
ルチアナはあたしが守るんだからっ!
とうとう水壁が壊れた。
水は力を失い、二人の体をも飲み込んで、流れ落ちてゆく。
「リズ、ごめん・・・」
ルチアナの瞳から光が消えていく。
気を失ってしまったみたい。バシャと水音を立てて、ルチアナが崩れた。
それでも、あたしは両手を開いたまま、奴を睨み続けていた。
奴の手はあたしの胸を掴むと、そのまま顔の近くまで持ち上げた。
うぅ、苦しい・・・。首が絞まっていくよう・・・。
あたしは、もうもがくことすら出来なかった。
手も足も力を失っていた。
目の前で、にたぁと赤い目と口がいやらしく笑った。
あたしは、振り上げられた斧の切っ先を見ていた。
・・・お母様・・・。
リズって、お母様がつけてくれた名前。
この名前、大好き!
お母様があたしを愛してくれた証だから!
・・・お母様、あたし、ほんとは会いたかった。
ずっと会いたかったの!
あたしはゆっくりと瞼を閉じた。
「ぎゃあぁ〜!」
悲鳴に驚いて目を開けると、奴の腕に一本の矢が刺さっている。
奴はあたしを草むらに放り投げると、痛みにのたうちながらも矢を抜こうと懸命になっている。
「汚い手で、その子に触るんじゃ無いっ!次は脳天ぶち抜くよ!」
振り返るとマギーが大弓を構えて、仁王立ちになっている!
「マギー!!」
「大丈夫?今助けるからね、そのままじっとしてな!!」
ウインクを投げたマギー。
後ろにはルーレンスとバンおじさん、村長さん。そして・・・。
「お父様!」
お父様は目でうなずくと、結界を張る時のように指を組んだ。
ごおんごおんと地の底から、空気を震わせて、地響きがやってくる。
地面はしだいに大きく激しく、うねり始めた。
立っていられない!
思わず冷たい地面に倒れこんでしまった時、奴の足元の地面が割れた!
その裂け目から、鋭い岩の槍が何本も突き出してくる。
耳を覆いたくなるような悲鳴。
槍は奴の体を貫き、腕を引き裂いていった。
「ルーレンス、お願い!」
マギーが矢をつがえると、ルーレンスが指を手に当てて、呪文を唱え始めた。
矢じりにぽうと白い光が宿る。
まぶしくて、直視出来ない!
「悪しきものよ、闇の世界へ還れ!珠葬還!」
ルーレンスが高々と腕を掲げると、マギーは奴めがけて矢を放った。
たん!鎧をも貫き、見事、胸に命中!
ぴきんと何かが割れる音があたり一面に響いた。
矢が当たった場所から、徐々に奴の体が白くなっていく。
聖なる力に蝕まれた自分の体に、表情が冷たく褪めてゆく。
ついに光は、奴の全てを飲み込んだ。
「ぎゃあぁぁ・・・!」
広場を満たす、おびただしい量の光。
その中から、恐ろしい咆哮が溢れる。
何とか目を開いて見ると、恐怖に満ちた目が聖なる光に浮かんでいた。
かつては赤い色をしていたそれは白く褪せ、光に吸い込まれていくように消えていった。
さらさらと風が渡っていく・・・。
何事も無かったかのように、ざわざわと草がなびき、小鳥のさえずりが聞こえる。
気がつくとすぐ近くに、ルチアナが倒れていた。
風がルチアナの濡れた銀髪をやさしくなでていく。
「助かったよ、ルチアナ。目を覚まして!」
触れると壊れてしまいそうな華奢な手。
あたしは手を伸ばして、恐るおそるルチアナの手に自分の手を重ねた。
暖かい・・・。
さらに手を伸ばして、ぴくりともしないルチアナの細い肩を揺さぶった。
整った眉が歪む。
ルチアナは瞳をゆっくり開け、あたしをじっと見つめた。
その目が静かに微笑んでいる。
「リズ・・・、良かった・・・。大丈夫?」
小さな鈴の音のような声に、うんとうなづく。
「ありがとう、ルチアナ。助けてくれて・・・」
ルチアナは横に首をわずかに振ると、あたしの手を握り返した。
「・・・私のほうこそ、ありがとう。助けてくれて・・・」
微笑みを口元に残しながら、ルチアナは瞳を閉じた。
・・・助かったんだ・・・。
やがて、すうすうと寝息を立てたルチアナに、あたしもやっと安心することが出来た。
気持ちいい風に身を任せて、ルチアナの横顔を見ていると、「リズ!」お父様の大きな声。
思わず、がばっと起き上がる。
私めがけて、駆けてくる。ものすごく怖い顔してる。
眉間に皺寄せて、大きな手が伸びてくる。
怒られる・・・!
「ごめんなさい・・・」
体を小さくして、頬に受けるものを覚悟した。
「っ、痛っ!」
左頬にふわりとやさしく、暖かい手が触れた。
そのとたん、びしっと痛みが走った。初めて、傷が出来ていたことを知った。
「ばかもの、心配かけおって!」
お父様はそれだけいうと、太い腕であたしを抱き上げ、そのまま胸に引き寄せた。
それはきつく、痛いくらい・・・。
「い、痛いよ、お父様・・・」
お父様は黙ったまま、あたしを抱き続けた。
大きな体が小刻みに震えていた。
頬に伝ってきたものが傷口に滲みていく。
暖かくて、やさしい雫。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい!」
あたしはおずおずとお父様の肩にしがみついて、泣きたいだけ泣いた。
今まで我慢してきた分までも・・・。
あたしはお父様に抱かれながら、考えていた。
お父様、今でも愛しているのでしょう・・・。お母様のこと。
お母様が幸せに生きていて欲しい、「しあわせの降る場所」にいて欲しいと願っているのは、他の誰でもないお父様なんでしょう・・・。
知ってるよ、いつもお母様の肖像画を見つめていること。
愛しむようなやさしい目で・・・。
あたし、いつか会いに行くよ・・・、お母様に。
会いたかったんだ、ずっと。
そして、お父様のもとへ連れて帰ってきてあげる。
もしも、本当にあると言うなら・・・。
もしも、お母様がいるというのなら・・・。
いつか、いつか・・・、必ず、行ってみせる。
「しあわせの降る場所」へ!
瞳を閉じた・・・。
瞼には、幸せそうに微笑むお母様の顔が浮かんでいた。
('04.03.05)
|